03



『将来の夢はありますか?』
『立派な忍者になること、でしょうか。学園の生徒なら普通の夢でしょう』

満は不満げに眉を寄せた。
「長次!これ、酷いと思わない?」
「何も酷くないだろうが」
「俺は長次に聞いたのに!」
「長次だって同意見だろう」
仙蔵の問いかけに、長次は少しの間を置いてこくりと頷いた。ほら見ろ、と文次郎が呆れたように言った。
満が言うのは、この日の朝に提出した進路希望調査書が彼のものだけ突き返されたことだった。放課後に先生が教室に持ってきて、書き直すようにと言われたらしい。長次達にしてみれば当然のことだが、満自身は納得していない様子だ。
「『お菓子屋さんになりたい』って、一年生の作文じゃねえんだから」
「文次郎!お菓子屋さんに失礼だろ!」
「失礼なのはお前に対してだけだよ」
満の提出した調査書には、無駄に大きな字でそう書かれていた。一応第三希望くらいまで書けという指示だったのに、それ以外の選択肢は無いとでも言いたげな書き様。
「誰が何と言おうが、俺は諦めない!」
「まったく……」
仙蔵がため息をついた。
「別に儲からなくても良いから、長閑な町の片隅で小さな店を持ってさー。お客さんとお喋りしたり、ゆっくり出来るような優しい雰囲気の店。そんで、」
「『長次と二人、夫婦で切り盛りする!』だろ」
「よくわかってんじゃん」
「その夢物語は何度も聞いた!」
仙蔵と文次郎はうんざりだとでも言いたげに遮った。実際、満のこの夢については、実に二年近く聞かされているのだ。その度に諦めろ諦めろと周りの人間――長次も含めて――が言うのだが、未だに諦めていないらしい。
「そもそもお前らじゃ夫婦じゃねえだろうが」
「愛し合う二人なら性別に関係なく夫婦なんですー」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ」
「というか、長次だってお前の夢には賛成していないぞ」
「そんなこと無いって!なあ長次!」
「……いや、反対だ」
「あれ!?」
この長次の答えも、実に二年前から変わっていないのだが。
「夢を見るのはいいが、さすがに進路希望調査書に書くのは駄目だろ。ちゃんと書き直せよ」
「嫌だね。他の進路なんか」
「お前なあ……」
仙蔵は面倒くさそうに言う。
「長次ー。一緒に甘味処経営しようよー。俺達が組んだら敵なしだって!」
「つーか、男二人で甘味処って……」
「菓子好きに性別は関係ないだろ!」
「お前、色んな面で性別無視しすぎだろ」
文次郎が呆れた声で言った。
その隣で、仙蔵は眉をひそめていた。
「長次ってばー」
「お前、本当にそろそろ現実を見たらどうだ?」
「はあ?」
仙蔵の言葉に、満は顔をしかめる。
「なんだよ、現実って」
「この際はっきり言うが、いつまで長次に甘えてるつもりだ」
仙蔵がぴしゃりと言った。満はそれに対してさらに眉を寄せて視線を逸らした。
「……別に、甘えてるつもりなんか」
「お前は本当に最低だ。長次にばかり気を遣わせて、お前自身はそんな甘いことを」
「……仙蔵、言い過ぎじゃないか」
「はっきり言わなければわからないんだよ、この馬鹿は」
文次郎の軽い忠告には耳を貸さず、仙蔵はそのまま続けた。
「お前も長次もやるべきことがあるんだろうが。お前は軽々しくそんな甘い夢を語って、誰が一番辛いかわかって――」
「――仙蔵」
言葉を遮ったのは、長次だった。仙蔵は思わず口を閉じて、少し眉を寄せて長次を見た。
「なんだ長次」
「……いいから」
長次の言葉に、仙蔵はさらに顔をしかめた。
しかし結局、そのまま深いため息をつくと、わかったよ、と呟いた。
「でも、やっぱりお前は馬鹿だ」
「……わかってるよ」
最後に満にそれだけ言って、仙蔵はふんと鼻を鳴らして去っていった。文次郎は困ったように頭を掻いた。
「まあ、お前らの問題だからとやかく言わんが。仙蔵も心配してんだよ」
「わかってるって。ありがとうね」
「なんだよその言い方。ったく」
文次郎はそれだけ言って、じゃあなと満と長次に背を向けた。
満は調査書をじっと睨んでいた。長次はそんな満を見ながら、先ほどの仙蔵の言葉を思い返した。
――誰が一番辛いか。
おそらくそれに続くのは。
「……満」
「なに?」
満は調査書から顔を上げて、長次の目を見た。眉を下げて、どこか泣きそうな顔をしている。
「私は、城仕えの忍者になるつもりだ」
「……うん」
満は長次の言葉に、じっと黙って俯いた。それからしばらくして。
「……ごめん」
と呟いた。

『私は、好きな人と一生一緒にいることです』
『それは、とても素敵なことですね』



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