01



長次が図書室に向かう途中、廊下でばったりと出くわしたのは彼の恋人であった。
相手はぱっと顔を明るくして、嬉しそうに笑った。
「長次!こんなところで会えるなんて!すげー嬉しい!」
「……そうか」
「どこ行くの?図書室?」
その問いに長次が頷くと、そっかあと相手は笑った。
「……満は」
「俺?俺は今から先生のとこに行くの」
相手はそう言って、面倒くさー、とおどけた様に肩をすくめた。
名前は渚満。六年い組の忍たまで、明るくてどちらかといえばうるさいタイプ。そんな彼と長次が恋仲であることに、多くの人間は首を傾げるのだが、彼ら自身は特に変だとは思っていない。
「そうだ。先生のとこ行ったら暇だからさ、後で図書室行っていい?静かにしてるから!」
「……わかった」
「よっしゃ!んじゃ、さっさと用事終わらせて行くからな!」
満はそう言って、軽く右手を振って長次とすれ違った。そのままぱたぱたと走っていくのを、廊下は走ってはいけないのにと思いながら見送って、長次は図書室に向かう足を進めた。

図書室の鍵を開けて中に入り、窓を開ける。秋の肌寒い風が入ってきて、綺麗な空気に入れ替わるような気がした。
まだ生徒は来ないだろうと判断して、長次は奥の本棚に向かった。一昨日見つけたあの白い本は、きちんと回収されただろうか。

『誰かお話ししませんか?』
その言葉を見て、長次は少し口の端が上がるのを自覚した。
図書室に個人の持ち物を置くというのも気に入らないが、その上しれっと話し相手探しとは。なんのつもりなのだろうか。
どうしたものかと考えて、長次は本を机に持って行って、筆と墨を用意してその文の下に書き足した。

『図書室に勝手な本を置くのはやめてください』

白い本は、長次が一昨日戻したのと同じ場所に残っていた。昨日の当番は長次ではなかったため、その間に持ち主に回収されたのではと思っていたが、予想は裏切られた。
長次は小さくため息をついて、白い本を引き出して開いた。
一昨日長次が書き足した文の下に、つらつらと返事が書かれていた。こんなことするくらいなら回収してくれと思いながら、目を通す。

『すみません。でも返事が返ってきて嬉しいです。
誰にも話せないような相談事があります。というか、愚痴のようなものなのですが……。
相手がわからない方が何も気にせずにお話しできるような気がして、このようなことをしてしまいました。
どうか許しては頂けませんか。もう一人で悩むのには耐えられそうにありません。出来れば、先のお返事を下さった方に話を聞いて頂きたいです』

「――長次?」
小声で名前を呼ばれて、長次は慌てて本を閉じた。どうしてかわからないが、中身を見られる訳にはいかないと思った。
「満……」
「どうした?ぼうっとしてたみたいだけど」
「……いや、気にするな」
不思議そうに長次の顔をのぞき込んでいた満に、長次は首を振って答える。満はふうん、と納得していないような声で呟いて、ちらりと長次の手元を見た。
「それ、なんの本?」
「……交換日記、のようなものだ」
「え。長次が相手してるの?」
「……まあ」
少し迷ってから結局頷いた。満はえー、と不満げに声を漏らす。
「ずるいよ、その相手!俺も長次と交換日記とか初々しいことしたい!」
「図書室では静かに」
「む……はあい」
長次がぴしゃりと言うと、満は口を尖らせつつ言葉をやめた。
長次が本を元の場所に戻したのを未練がましく睨む満を放って、長次はカウンターに戻った。すぐに満もついてきたので、中身は見られていないだろう。

『図書室に個人の持ち物を置くことは原則禁止ですが、本当に込み入ったお話なら、少しは融通を利かせましょう』

それから二日空けて、また長次はあの白い本を開いた。

『本当にありがとうございます。
とはいっても、最初からすべてお話しするには勇気が出ません。本当に駄目だということなら、どこか別の、私が回収できるような場所であれば、移してくださって構いません。
私がこの本を持ち出そうとすると図書委員会の方に見咎められてしまいますので、あなたの判断にお任せします』

長次は返事を読み終えて、少し考えた。
相手が誰かもわからないのに、回収できるような場所であれば、という条件を出すとは。しかし、持ち出そうとすると見咎められるというのは確かにそうだろう。当番が長次なら事情をわかっているから許可するだろうが、その場合そもそも相手が誰かわからない方がいいという条件が崩れる。
――そもそも、誰にも見つかりそうになくて本を置いておける場所ってどこだろう。

『やはりこの本は人目に付かない方がいいのでしょうか。そうなると図書室以外に適当な場所が思い当たりません。そもそも、あなたが回収できるような場所というのもわかりません。提案してもらえればその通りにしておきます』

書き終えたところで、そういえば相手は長次が図書委員会の生徒だと気づいているのだろうかと思った。
相手の書き方では、長次なら図書室から本を持ち出せると知っているらしかった。
――ああ、そもそも図書委員でなければ本を置くのは禁止だとかの指摘はしないか。
すぐに思い至って、長次は本を閉じて元の場所に戻した。

『はい、他の人に見られるのはとても困ります。あまり多くの人に知られるのは嫌です。
といっても、私も図書室以外には思いつきません。本ではどうにも……。
こうなるとやはり処分ということになるのでしょうか。それを一番恐れています』

「――本を隠すのにいい場所?」
満は長次の質問に首を傾げた。
「そんなの、長次の方が知ってそうだけど……」
「思いつかないから、聞いている」
「うーん……やっぱり、木を隠すなら森。本を隠すなら図書室、じゃないか?」
「図書室に個人の持ち物を置くのは……」
「ああ、そういうことね」
満は頷いて、うーんと首を傾げた。
「自室の棚にでもしまっておけば?」
「そうなると私と小平太しか確認できない」
「あー!わかった!」
満は声を上げて、不満げに眉を寄せた。
「それってあれだろ。交換日記!」
「……ああ」
「あー、ずるい!俺と一緒にいるのに交換日記の相手の事ばっか!もー!」
うるさい、と言うと頬を膨らませて黙った。お前がやっても可愛くない、と長次は思った。
「図書室に個人の持ち物を置かれるのは嫌だけど、かと言って人目に付きまくる場所は困るから、どうしたものかってところ?」
「その通りだ」
「ふーん。長次を悩ませるとは、本当にその相手が妬ましいよ」
満は大袈裟にため息をついたが、それからうーんと考えるようにした。なんだかんだ言って、長次からの相談なんか珍しいからきちんと答えてやりたいのだ。
そういう、長次の事を一番に考えてくれるところが、長次の彼を気に入っているところだ。
「……だめだー。思いつかない!っていうか、書いたら渡しに行けばいいんじゃないの。気に入らないけど」
「相手がわからない方がいいらしい」
「はー?」
満は不可解そうに首を傾げたが、まあいいやと呟いて終わった。
「やっぱり図書室しかないんじゃない?人が使えて、かつ本が多いから早々見つからないだろ」
「……やはりそうか」
「図書委員会委員長権限でさ、置いとけば」
それはそれで職権濫用な気はするが。
長次は少し迷ってから結局頷いた。

『やはり適当な場所は思いつきません。とりあえず、最初と同じ場所に置いておくということで構いません』
『ありがとうございます』



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