この日作ったお菓子はカップケーキ。出来上がったのは夕方だった。
「我ながら上出来!」
一人で呟いて、ケータイで写真を撮る。高校生になったらスマホを持ってもいいって両親に言われているが、まだガラケー。
何枚か撮った中から、二つほど選びながらパソコンの前に座る。スリープモードからすぐに立ち上がった。選んだ二枚はパソコンにメールで送信して、送信完了を待ちながら、画面にメールとネットの掲示板を映す。
メールから写真を保存して、メール画面は消す。掲示板の『お菓子好き集合!(32)』というわかりやすいタイトルの板を選択。切り替わった画面には、色んなお菓子の写真と、それに対するコメントが表示された。
投稿のフォームは一番下。

『今日はカップケーキ作りました!
友達がバレーの大会で負けたらしいんで、明日慰めに行ってあげるんです!』

適当にそう打ち込んで、さっき保存した二枚と一緒にアップした。
昨日確認したのはどこまでだっけ、と思いながら掲示板を下から眺める。IDまで全部確認する。
――ま、いないよなあ。
ため息をついて、パソコンをシャットダウンした。

次の日、カップケーキを持ってバレー部員の友人の家に行った。夏休みも終わりに近づく一昨日、彼は全中の一回戦で敗れた。だから傷心中らしい。
「全国大会出場自体、うちの学校じゃ初の快挙だぜ?そんなに落ち込むなって」
「無茶言うなよー……せめて一回戦くらいは勝ちたいだろーがよお……」
「ほらほら、満が作ってくれたカップケーキだぞー」
「うー……」
この友人は俺の作るお菓子の中で、カップケーキとチョコケーキが好きだ。しかしまだ一度も手をつけてない。思っていた以上に堪えているらしい。
俺以外には件のバレー部員の彼と、他に二人の友人がいた。他の二人はちらちらとこちらを伺いながら、ちゃっかりカップケーキを食べている。
「ほら、冬もあるんだろ?そんな落ち込んでばっかいるより、次に向かって練習だろうが」
「さすが満、男気あるーぅ」
「そんでカップケーキとか作ってくるからそのギャップがマジウケる」
「お前らうっせえんだよ!」
つかお前らも慰めろ!と声を上げていると、バレー部員の彼がはは、と少し笑った。
「まじ、満ってギャップ激しいよな」
「は?なんだよ一体」
「馬鹿っぽいのに頭いいしさ、何も考えて無いくせに色々考えてたりさ、意外とちゃんと慰めてくれるし」
それからバレー部員の彼は一度目を閉じて、うっしゃ!と一人で気合を入れるようにして、目を開けた。
「そうそう!次に向かって練習!な!」
「お!その意気だ!よし、じゃあカップケーキをやろう!」
「ってそれ俺が作ったんですけど!」
勝手に我が物顔で振舞われる俺の力作。まったくこいつらは!
「相変わらずお前のお菓子おいしいー」
「はいはい、ありがとなー」
「お前、将来マジにパティシエ目指すんだろ?」
「だからギャップ!」
「うっせー!いいだろうが、昔からの夢だよ!」
「あははっ」
――元気になったなら、よかったけどさ。
さすがにそこまで言うとキザなので、口には出さない。
「で、全国大会初出場の感想は?」
「おー。ま、やっぱどこも貫禄あるよなーって」
「へえ。そんなもんかあ」
友人達がそんな会話をしているのを聞きながら、俺もやっとカップケーキを食べ始めた。くそ、作った奴が一番最後に手つけるって、どうなの?
「そうそう、監督が言うから、二回戦のシード校の試合見てたんだけどさ。すっげーの、まじで」
「シード校ってことは常連校だろ。そりゃすげーに決まってんじゃね?」
我ながら、見た目もさることながら味も完璧。うまくいった。
「大川学園ってとこ。優勝候補筆頭格なんだよ。マジで本物見るとすごかったわー。素直に」
「へー。そんな手放しで褒めんの、珍しいな」
「いや、マジすげーんだよ、これが!コンビネーション抜群だし、スパイカーくっそ強いんだ。人一人殺しそうな勢い!」
「それは言い過ぎだろー!」
「マジだって!レシーブすげー音したもん」
いや、さすがに殺すとか言い過ぎだわ。俺も同じように笑っていた。
「――七松と中在家っていう奴らなんだけどさ」
その名前に、俺ははたと息を止めた。
「スパイカーはどっちよ?」
「七松。中在家ってのがセッター」
「へー。ナカザイケって変な名前ー」
「珍しいよな。覚えちまったよ」
「――それって、七松小平太と中在家長次?」
尋ねると、三人は不思議そうに俺を見た。
バレー部員の彼が頷いた。
「そんな名前だったかも。なに、お前知ってんの?」
その質問には答えず、俺は呆然と目を瞬いていた。
――ああ、もしかしたら!

* *

「――長次ーっ!はよー!」
「……おはよう、小平太」
後ろからバシッと叩かれて、長次は振り返った。
「私達、また二組か?」
「ああ」
小平太の問いに頷いて、長次は掲示板に張り出されている表の、七松小平太の字を指さした。その一つ上には、中在家長次の名前も並んでいる。
「やっぱりなー。んじゃ、今年も宜しく!長次!」
小平太の笑顔に頷いてみせる。
「――長次、小平太。おはよう」
「留三郎!と、伊作?」
「……どうした」
「あはは、いや、なんか、美容師さんが、手元が狂ったとか、言って……」
はは、と乾いた笑いを浮かべる伊作は、春休みの前に見た時よりも随分と短髪になっていた。
「いいんじゃないか?似合う似合う!違和感あるけど!」
「ちょ、それって大丈夫なのかな!?」
「細かいことは気にするな!」
――なんといっても、数百年前から見慣れていたから、今更変わると違和感があるのだ。
伊作と留三郎も、今年も今までと同じく三組らしい。この大川学園に入学してから、ずっとのことだ。
「この分だと、仙蔵と文次郎もまた一組だろうな」
留三郎の言葉に、その場の全員が頷いた。
さて、その二人はどこにいるだろうと探したところ、二人は一組の掲示板の前で並んで立っていた。
「おーい!仙蔵、文次郎!」
小平太が声を上げて走っていった。その後に残りの三人が続く。
名を呼ばれた二人は弾かれたように振り返った。その様子に、四人は首を傾げる。
「どうしたの、二人とも」
「長次!」
伊作が声をかけたのに、仙蔵は長次の名前を呼んだ。
長次が不思議そうに首を傾げると、文次郎が勢い込んで言った。
「あいつが!」
――あいつ?
長次が口を開こうとした時だった。

「――長次ーっ!!」

――懐かしい、愛しい声が聞こえて。
振り返った先には。

交換日記のあなた


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