09



――転生、というものを信じるか。
長次の突然の質問に、満は目を丸くした。
「え、なに?突然」
「……大した意味は無い、のだが」
「いやいや」
そんなはず無いでしょ、と満は言ったが、長次は黙って何も言わないので、うーんとその問いに答えることにした。
「……まあ、死んだら終わりだと思ってるけど。そういうこともあるかもな」
「……そうか」
「でも俺達が前世の記憶なんか無いんだから、転生するかしないかなんて関係ないんじゃない?どっちにしろ、俺達の人生は、この世で死んだ時点で終わりなんだから」
――いや、それがそうではないのかもしれない。
長次は思って、眉を寄せた。

『私は、あなたが暮らす時代より五百年ほど先の未来に暮らしています』
『このやりとりも、本に墨で文字を書くのではなく、パソコンという機械で送っています。インターネットという設備が整っている時代で、日の本だけでなく南蛮、その向こうの国、世界中の人達がインターネットを通してやりとり出来る時代になっています』
『それは過去にも繋がるのですか?』
『いいえ。私の知る限り、そんな話は聞いたことがありません。だから、最初は私もとても驚きました』
『インターネット上に掲示板を作り、その掲示板を見た人達の間で、自由に会話が出来る機能があります。私はその機能を使って掲示板を立て、『誰かお話ししませんか?』と書き込みました。それが、あなたの持つその本に、どういうわけか反映されたようです。今のやりとりも、あなたは本に書かれているように思われるでしょうが、私にはインターネット上の掲示板に打ち込まれている風に見えます』
『隠していて、すみません』

実のところ、相手のこの話を読んだところで、長次には半分も理解できなかった。全く聞いたことのない単語ばかり出てくる。
とにかく、自分が学園の後輩だと思っていた相手が、実は遠い未来の人間で、どういうわけか未来のインターネット?とこの白い本が繋がった?といった事らしいのだけは理解した。
――それじゃあ。

『今まで私と話が合ってきたのは、どうしてですか』

最初の書き込みのすぐ後、長次が返したのは『図書室に勝手な本を置くのはやめてください』だ。このやりとりが本の体を成さずに見えているというこの相手は、しかし次の返事では事態を理解した返事を寄越した。

『もういくつか隠し事があります。
私は、あなたのことを知っていました。知らない人なら話ができるというのは嘘です。あなたが誰か、私はわかっていました。
中在家長次さん。でしょう?』

長次は目を丸くした。閉じて、開く。

『あなたが図書室で誰かとやりとりをしている事を、私は知っていました。
あなたに最初、図書室という単語を出された時はとても混乱しました。誰かの悪戯かと思いました。
しかし、少しして気がつきました。もしかしたら、あの時の本は、これなのではないかと。そしてとりあえず乗ってみることにしたのです。やはり、その通りだったようですね。これは、白い本でしょう?』
『その通りです』
『おそらく信じられないかもしれませんが、今から私が言うことは事実です。
私は、あなたと同じ時代にも生きています。あなたと同じ時代に生きる人の、生まれ変わりです。
記憶を持って、転生したと言えばいいのでしょうか』

――転生?
長次は何度かその返事を読み返して、やがてこう返した。

『すみません。混乱してきました。明日には頭を整理しておきます。今日はここまでで』
『わかりました。明日、同じ酉の刻に』

昨日のやりとりを思い返していた長次は、ふと満が顔をしかめているのに気がついた。
「長次、本当に最近おかしいぞ。大丈夫か?」
「大丈夫」
「昨日、夕飯食べに来なかったじゃないか。もう卒業式は一週間後なのに、卒業したらプロの忍者になるんだろ」
「……本当に、大丈夫だ。少し気がかりな事があるだけだ」
「気がかりな事って何?」
満は本当に心配そうに長次の顔をのぞき込んでいた。
長次は少し黙ってから、言った。
「お前には関係ないことだ」
「……そう」
満は顔をしかめて黙り込んだ。
――ああ、悲しませてしまった。
――もう一週間しか会えないのに。
「……長次、俺は」
満が呟くように口を開いた。
「お前が好きだ」
「……」
「ずっとこのままがいい」
――お前の、そういうところが。
「一緒にいたい。離れたくない」
「……」
「なあ、長次」
満が長次の前に立った。目を合わせる。
「俺と、どこかへ」
――逃げてしまおう。
「……そういうところが、馬鹿なんだ」
「長次、」
「やめてくれ」
――馬鹿だ。本当に、満は馬鹿だ。
――なにもわかっていない。
「そんなことをしても、誰も幸せにならない」
「でも、俺は長次と一緒にいたい。長次は嫌なのかよ、俺と――」
「やめろと言ってるだろ」
強く言うと、満は口を閉じた。
――馬鹿だ。馬鹿。
――嫌なわけがないだろ。
「卒業したら、もう会わない。互いのことは忘れる。そういう約束だ」
二年前。満が長次に想いを告げた時。
それから、ずっと。
「もうすぐ終わるんだ。そんなこと、言うな」
――覚悟は決めたつもりだ。
――お前のことを諦めて、すべてを無かった事にする覚悟。
――胸が締め付けられるような苦しみを、ずっと抱えていく覚悟を。
――揺らしてくれるな。
満は長次に背を向けて、走って行ってしまった。



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