君がライバル!



忍術学園の医務室。今日の当番は伊作と乱太郎。そこに暇だからとやってきたのが伏木蔵。クラスメイト達が皆委員会やら宿題やらで忙しく、寂しいからここに来たそうだ。
伊作と乱太郎はいつも通りの保健委員会の仕事を続けていて、その医務室の隅っこで、伏木蔵はちまちまとなにか作業を続けている。傍らに麻袋を置いて、一言も話さずにじっとしていた。
――これだったら、一人で作業してればいいのに。
と、思った人物が医務室の中に一人。
それを言葉にしようとしたところで、カタカタッと音がして、その場の全員が天井を見上げた。
「――ああー!!鶴町伏木蔵!!あんたまた……!」
天井板の一枚を剥がして顔を出したのは女の子。歳は十だという彼女は、整って可愛らしい顔をぎゅうっときつくしかめていた。
とんっと軽い音で天井から飛び降りた彼女は、怒った顔のまま伏木蔵に近づいた。
「夢子ちゃん、こんにちは〜」
「あ、こんにちは……じゃないわよ!」
伏木蔵の挨拶に思わず普通に会釈してから、彼女は顔を赤くして声を上げた。
「今すぐそこをどきなさい!」
「えー。なんで?」
「なんでって……!」
彼女は肩をわなわなと震わせて、大きな声で怒鳴った。
「――雑渡さんの膝の上は私のもんなのぉー!!」
伏木蔵はそれを見て、頭上の雑渡昆奈門と顔を見合わせた。

彼女――夢子は、タソガレドキ忍軍に勤める忍者の娘である。つまり雑渡昆奈門の部下の娘だ。彼女自身も、くの一を目指して日々修行を重ねている。
また、夢子は幼い頃から可愛がってもらっていた昆奈門のことが大好きであり、姿を見れば黄色い声で飛びつき、修行の話をしては褒めてもらってますます修行に励んでいる。
そんな彼女にとって、昆奈門の膝の上に何処の馬の骨ともわからない子どもが載っているということは、ありえないことであり、我慢ならないのである。
――ということを毎回伏木蔵に説教しているというのに、一向に改善される気配がない。こいつは馬鹿なのかと夢子は最近本気で思っている。

「こなもんさんの膝はこなもんさんのものだよ?」
「そういうこと言ってんじゃないわよ!!馬鹿じゃないの!?」
「えー……」
伏木蔵は首を傾げる。
「わからないならわからないでいいわよ!とにかくその場所を譲りなさいって言ってるの!!」
「あれ、夢子ちゃん、その人を連れ戻しに来たんじゃ……」
伊作がためらいがちに聞くと、夢子はきっとそちらを振り返って、はっきりと答えた。
「それは私が雑渡さんとお話しした後!」
――大変だなあ、いつもこの二人を回収に来る人。
乱太郎は心の中で呟いた。
「ちょっとさ〜ん、これ見て」
「なんだい伏木蔵くん。あとさっきから思ってたけど、私は雑渡昆奈門だからね」
「ああー!不運大魔王と話してたら二人がお喋り始めちゃった!」
「不運大魔王ってなに!?ってか僕のせい!?」
「雑渡さーん!そんなのより私とお話ししてくださいよー!」
「無視された……」
「伊作先輩、ドンマイです」
「乱太郎……!」
後ろで打ちひしがれた伊作とそれを慰める乱太郎の構図が取られているのは無視して、夢子はまた伏木蔵に突っかかっていった。
「伏木蔵!何回言えばわかんのよ!」
「あ、名前」
「っはあ!?」
唐突に伏木蔵がぴっと人差し指を夢子に向けた。それでぐっと勢いを削がれて、夢子は目をぱちぱちと瞬かせる。
伏木蔵はそのままふふっと笑って、ひょいと昆奈門の膝を降りた。ぽかんとしている夢子を見て、首を傾げる。
「座らないの?」
「すっ、座るわよ!座るに決まってんでしょ!」
顔を赤くして、夢子はすとんっと伏木蔵が座っていた位置に収まった。伏木蔵は置いてあった麻袋をとって、それじゃ失礼しましたあ、と医務室を出ていった。
「あれ、帰っちゃった」
「どうかしたのかな」
乱太郎と伊作が不思議そうにそれを見送って、夢子は納得がいかないように眉を寄せる。
「……ふんっ!私に恐れをなして逃げたんだわ!まったく情けない奴!」
そう鼻を鳴らしてから、夢子は心無しさっきより高い声で話し出した。
「やっぱり雑渡さんが一番ですよ!」
「あれ、そう?」
「伏木蔵みたいに情けなくないし!不運大魔王みたいに不運じゃないし!乱太郎みたいに眼鏡じゃないし!」
「なんで僕らに飛び火してるの!?」
「眼鏡の何がいけないの!?」
おそらく相手を褒め称えるついでに敵の好感度を下げようという目論見であろう。
夢子の中では保健委員会の忍たま、大好きな昆奈門がお気に入りにしている彼らは、夢子の敵、もしくはライバルである。目下の敵は、ここに来る度に昆奈門と一緒にいる伏木蔵だが、いつかはラスボスの伊作にも勝つつもりだ。
「雑渡さん聞いてー!昨日ね、尊奈門のお茶に胡椒を混ぜるっていう課題でね、完ッ璧に遂行できたんです!」
「え、なにそれ面白そう」
「えへへ、じゃあその時の尊奈門の醜態を細かく教えてあげます!」
――可哀想……。
乱太郎と伊作の心情がぴったりと一致した。
「――夢子、君、将来の夢はなんだい?」
「私、雑渡さんのために沢山働くくの一になります!」
そうしてしばらくきゃっきゃと夢子が話し、昆奈門がうんうんと相槌を打つ時間が続く。早く帰ってくれないのかなと乱太郎達が思い始めた時。
「――あ、まだいた」
先ほど出ていったはずの伏木蔵が、医務室に戻ってきた。
「ま、まだいたってなによ!ダメなの!?」
「別にそんなこと言ってないよ〜」
そしてまたすぐに伏木蔵に突っかかっていく夢子。伏木蔵はそれを小首を傾げていなす。
「戻ってきても雑渡さんとお話しさせてなんてあげないんだからね!」
「え、うん」
伏木蔵は一度目を瞬いて、へらっと笑った。
「僕、ちょっとこなもんさんじゃなくて夢子ちゃんに用があるの」
「だから雑渡さんの名前は雑渡昆奈門……って、私に用?」
はたと怒り顔を収めて、夢子はきょとんとして伏木蔵を見た。
「これ見て〜」
「わあ。なにこれ。かわいいー」
伏木蔵が後ろ手に隠していたものを見せると、夢子は目を丸くしてから笑った。
大きな紙に、色とりどりの折り紙で作った動物や花が沢山貼られている。真ん中に一際大きく作られた鶴が目立つ。
「夢子ちゃんにあげる」
「えっ」
思わずそれを受け取って、夢子は驚いて何度も目を瞬かせた。それからみるみるうちに顔を赤くし、ついには声を上げた。
「そ、そんなことしても、雑渡さんは譲ってあげないんだから!馬鹿!わ、私もう帰る!」
そう言って来た時と同じように天井に戻って、最後に伏木蔵に向かってべーっと舌を出して、そのまま顔を引っ込めて消えた。
ふふふと笑う伏木蔵と、ぽかんと天井を見上げる伊作と乱太郎、特に変わりなくその様子を眺める昆奈門。
「ちょっとこなもんさん、夢子ちゃん喜んでくれましたあ」
「でしょ。私の言った通り」
伏木蔵がにこにこと昆奈門のところに寄ってきたので、昆奈門はとりあえず彼をひょいと膝に載せた。
「あと、雑渡昆奈門ね。君最近全然正しく呼んでくれないねえ」
「ふふっ。だってこなもんさんは僕のライバルですから〜」
「可愛い顔して、結構言うね」
「ふふふ」
伏木蔵はにこにこと笑っている。ライバルと言っておきながら、特に敵対心はない。というのは、昆奈門が相手にしていないことを知っているからか、それともあの子が今やそんなに昆奈門を好きでなくなったのに気づいているからか。
――昔は、将来の夢はって聞いたら、『ざっとさんのおよめさんー!』って可愛いこと言ってくれたのにさ。
昆奈門としては、可愛い部下の可愛い娘をもうすぐ盗っていってしまいそうな伏木蔵こそ、目下のライバルではないかと思う。

ライバル
[あとがき]



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