蝮は自分の毒で死ぬ-1



「ジュンコ、大好きだよ!」
――孫兵くん、孫兵くん。私もあなたが大好きよ。
「ジュンコは世界一綺麗だね!」
――孫兵くん、孫兵くん。あなたも世界一。とっても綺麗で可愛い人よ。
「他のみんなも勿論素敵だけど、僕は君が一等好きだよ!」
――孫兵くん、孫兵くん。私もあなたが一等好きだわ。私は、あなただけが好きよ。

蝮は自分の毒で死ぬ

私のご主人様は伊賀崎孫兵くんと言って、とても綺麗で可愛い人。私をとてもとても愛してくれる。
彼は忍術学園という場所で、忍者になるべく日夜勉学に励み、身体を鍛えている。彼がここに来ると決まった時、彼の一番の悩みは、私達ペットの存在だった。
『ジュンコ、どうしよう。僕はみんなと離れたくないよ』
そう言って毎晩べそを掻く彼の首にするりと巻き付いて、ひたすら頭で頬を撫でていたことは昨日のように思い出せる。
結局彼は周りに止めておけと言われながら、私を首に巻き、他にお気に入りの虫達を数匹虫かごに入れて家を出た。一年生がそんな勝手な真似をすると聞けば、先生方はうんざりした顔をして、先輩方は生意気だと唾を吐いた。
彼があまりに駄々を捏ねるものだから、先生方は私を含めて生物委員会の管轄下に置いた。先生方はそれで納得したが、先輩方はそうではない。一年生の孫兵くんは、度々彼らに酷く罵られた。しかし元来人の言動にそこまでの意味を見出さない彼は、そんな先輩方にとりあえず頷いておく形でやり過ごした。人の言動に意味を見出さなければ、人の言動にほいほいと頷くのも特に意味はない。屈服したつもりも、意見を聞き入れるつもりも最初から無かったのだ。思ったよりも聞き分けよく頷くものだから、先輩方は早々に孫兵くんを相手取るのをやめた。結果として、彼の対応は功を奏した。
そうして彼は今、相変わらず自由奔放に私達のことを愛でている。
「ジュンコ、今日も綺麗だね」
「シャーッ」
――あなたこそ今日も綺麗よ。
「うんうん。そうかい」
私の言葉は彼には届かない。彼は何もわからないままに私の言葉に同意する。
しかしそんなことは関係ない。私は彼を傷つけるようなことは言わないし、彼がうんうんと同意して然るべき言葉しか伝える気は無いのだから。
私と孫兵くんは随分長い間の付き合いであった。私と彼には確固たる絆があった。

* *

ある日、学園に人間の女が落ちてきた。

* *

孫兵くんは遠目に彼らをちらりと見て、私に目を向けて微笑んだ。
「ジュンコ、今日はあっちでひなたぼっこでもしようか」
季節は秋。大分肌寒くなってきた頃。
「シャーッ」
――この時期のひなたぼっこは気持ちがいいの。私、大好きなのよ。
「あはは、ジュンコ今日は機嫌がいいね」
嬉しそうに笑った。
孫兵くんは彼らに背を向けて私に笑いかけながら、ひなたぼっこにちょうど良い場所を探しに歩き始めた。
彼らの中に、あの女のギラギラした目を見つけて、私はそれを見つめた。あの目はどこか私達蛇に似ている。

* *

寒い寒い。
「ジュンコ〜!また春になったら遊ぼうね!」
孫兵くんはいつも、私達が冬眠に入る時にはそんな風に言う。孫兵くんも鼻面を赤くして寒そうだ。寒い寒い。
「シャーッ」
――起きたら真っ先にあなたに会いに行ってあげるわよ。
孫兵くんは寂しげに笑った。
「ジュンコ、おやすみなさい」
「シャーッ」
――ええ、おやすみなさい。
寒い寒い。孫兵くんが用意してくれた壺に入れば幾分ましになった。外の音は聞こえなくなった。暖かくなるまでこの壺の中でじっとしているのは毎年のこと。
孫兵くんは人間の友達が少ないから、毎年次々と動かなくなる虫達を見て寂しそうにする。私も出来る限りそれに付き合ってあげたいから、なんとか寒いのを我慢するのだけど、やはり寒さには勝てない。
今年は、彼の数少ない友人達も、あの優しい竹谷先輩もいないから、彼は一層寂しいかもしれない。
起きたらたくさん遊んであげるわ。だから少し待っていてよ、孫兵くん。

* *

暖かい。お腹がすいた。孫兵くん、来ないわね。
とっくに冬眠の季節は終わってしまったはずなのに、孫兵くんが現れないからまだ壺の中でうつらうつらしていた。でもそろそろ限界。孫兵くんったら、何をしているのかしら。
そろそろと壺から這出ると、眠りについた時と同じく孫兵くんの部屋。お腹がすいた。
部屋には小さな穴があいていて、私が出入りできるようになっている。その穴を通って部屋を出た。
春の日差しが降り注ぐ庭をのんびり這っていたら、前方に彼らがいた。
空から降ってきた女。まだ学園にいたのね。冬の間にどこかへ行ってしまえばよかったのに。
ふと彼らに近づいていく孫兵くんを見つけた。ああ、あんなところにいたんだ。お腹がすいたわ、孫兵くん。
するすると孫兵くんの近くに寄っていく。孫兵くんはぱっと顔を明るくした。
「――××さん!こんにちは!」
「あっ、孫兵くん!遅いよお」
あら?孫兵くん、どうしてその女と仲良くなっているの?
なんにせよ、孫兵くんがぱたぱたと彼らの方に行ってしまったので、私は進行方向を変えてまた孫兵くんに近寄った。
後ろから寄ったら、孫兵くんは全然気づいてくれない。代わりにあの女が私を見て、きゃあと声をあげた。
「ま、孫兵くん!後ろ!」
「後ろ?って、ジュンコ!どうしてこんなところに」
「シャーッ」
――孫兵くんが起しに来てくれないから、自分で起きちゃったわ。
「そうか、起きちゃったか」
孫兵くんはそう言って苦笑した。手を伸ばしてくれたから、それを伝って首元に巻き付く。
「すみません、××さん。ジュンコに餌をあげないと」
「……そっか」
またあの目をした。何が不満だと言うのかしら。
孫兵くん、私の世話よりあなたといる方が良いみたいよ。今、孫兵くんはそういう目をしたもの。
私の方がよっぽど不満だわ。


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