女子!-1



今日はとても天気がいい。気温もちょうど、暑くもなく寒くもなく。むしろいつもより厚着をしなければならないことを考えれば、少し涼しめの風がありがたい。
とはいえ僕らには、そんな自然のお膳立ても敵わない憂鬱気分が漂っていた。
「では、これより三年は組の女装実習を開始する。健闘を祈るぞ!」
僕らの実技担当の先生が高らかに宣言した。
いってらっしゃーいと見送る小松田さんに挨拶を返し、ぞろぞろと忍術学園から飛び立つ僕らは、さながら蝶になりきれなかった蛾といったところか。無駄に色とりどりの小袖を着た女装集団。課題達成のために目立つ衣装をと目指した結果、完全に悪目立ちになっている生徒もいる。
「はあー……」
「なんだよ数馬。早速ため息なんてついて」
藤内が苦笑して言うので、なんでもないよと答える。理由は誰にだってわかってもらえるようなことだ。単純に、課題を達成できる気がしない。
数日前からこの実習を見据えて予習を重ねていた藤内は、その成果をきっちり見せようと躍起になっている。やる気が過ぎて少し化粧が濃い気もするが、立花仙蔵先輩直々に見繕ってもらったという鮮やかな赤い小袖に負けないという点では、失敗でもないのだろう。実際、藤内の女装は今回かなり出来のいい方だ。おそらく課題も達成してみせるだろう。
転じて僕はといえば。
元々女装は苦手だし――まあ得意な人はあまりいないんだけど――残念ながら自他共に認める影の薄さである。こういった、人と関わらなければならない課題にはとても不利だ。髪色がちょっと変わっているから、似合う小袖も大概地味だしさらに影が薄くなる。
はあ、ともう一度ため息をついた。
「数馬、ため息ついたら運が逃げるって言うよ?」
「うう……」
藤内に言われてとりあえず口を閉じる。ただでさえ少ない運を、課題に取り掛かるより前に使い切ってしまってはどうしようもない。


町に着いた途端、藤内がさっさと駆けて行ってしまった。固まっていたって仕方ないだろ、ってそりゃそうなんだけど……心細いじゃない。
しばらくは他のクラスメイトも何人か近場でウロウロしていたが、段々とそれぞれ町の中にばらけて行った。
今回の課題は、誰かに”女の子として”金銭的援助を受けること。金銭的援助といえば少々いかがわしいが、要は茶屋で奢ってもらうとか贈り物を買ってもらうとか、そういうこと。
残念ながら、見ず知らずの女の子にホイホイ金銭的援助を行うような人間がいるような優しい世界ではないのである。
通りの端に立ち止まって行き交う人々を見ていても、それぞれ仕事やら家事やらと忙しそうだ。視界の向こうでキョロキョロしていたクラスメイトも同じように感じたのだろう。すぐそこに一軒の茶屋があるものの、この場は諦めて町の中心部に向かって歩き出した。
ついに僕の近くに同じ境遇の知り合いはいなくなり、また漏れそうになったため息をぐっと堪える。運が逃げちゃう。
それからも少しの間待機していたが、誰にも声をかけられないどころか目を向ける人も一人としていない。僕の存在がおそらく認識されていないというのを痛感する。
僕も別の場所を狙おうか。ここでじっとしていても好機はなさそうだ――と、寄りかかっていた塀から背を離し歩き出した時だった。
ぶちっと嫌な音がして、ハッと下を見ると踏み出した右足の草履が脱げていた。片方裸足で地面を踏みしめたまま振り返ると、一歩後ろに鼻緒の切れた草履が転がっていた。
――なんでこんな時に!
ため息をつかないようにと堪えていたのも無意味だったのか。僕のなけなしの運は既に消えていたというのか。
しかも鼻緒が切れるなんて、なんだか嫌な感じ。
はあ〜〜っと大きくため息をついてしゃがみこんだ。どうせ誰も僕のことなんか気づいていないし。多少落ち込んだって構いやしないだろう。もう底をついたなら、ため息をついて運が逃げるなんてそんなことも気にするだけ無駄というものだ……ああ、今日はとても憂鬱な気分。
――最近は一層調子が悪い。原因はなんとなくわかっているけど。
嫌なことを思い出してしまった。しゃがみこんだまま、再びため息をつく。



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