順番-1



「――もういいです!!」
「わっ、て、あっつ!」
怒鳴り声に続いて、情けない悲鳴。
そのすぐ後に、バシンッと音を立てて襖が閉まった。
「うっわ、あー、もう!三郎待って!」
一瞬戸惑いを見せた勘右衛門だったが、すぐに三郎を追って出て行った。
残ったのは、熱いお茶の入った湯呑みを投げつけられて慌てている夢太と、会議室の端っこで並んで困り顔をしている庄左ヱ門と彦四郎の三人だった。


今日、学級委員長委員会の生徒達は会議室に招集された。最初に会議室にやってきたのは彦四郎、続いて庄左ヱ門。時間ぎりぎりになって、セーフ!と声を上げて三郎が駆け込んできた。
――時間通りに集合したのは、この三人だけである。
「……遅い」
「えっと……ほら、急用でもあったんじゃないですか?」
不機嫌に呟かれた三郎の声に、彦四郎が控えめに笑って見せた。急用ってなんだ、と三郎は思ったが、一年生に突っかかるわけにもいかない。少しの沈黙の後、はあ、とまた不機嫌にため息をついた。
そんな彼の様子を見て、一年生二人は顔を見合わせた。
「……なんか、今日の鉢屋先輩、機嫌悪いよね」
「うん……珍しい」
小声でそんな言葉を交わした。苛々と襖を見やっている三郎は、おそらくそれに気づいていない。
基本的には気の良い性格で、意外と面倒見もよい三郎である。こうして集合した時も、いつもなら先に集まった一年生達に向けて悪戯っぽく笑い、二人の分も食べてしまおう、とお茶とお菓子を用意するはずだった。それが、会議室に駆け込んで早々机にだらっと伏せて襖を睨んでいる。代わりに庄左ヱ門達が用意したお茶を出した時も、ありがと、と疲れたように呟いて返しただけだった。口もつけていない。
「……機嫌悪いっていうか、疲れてらっしゃるのかも」
「そうなのかな」
庄左ヱ門の考察に、彦四郎が軽く首を傾げた時だった。
三郎がゆっくりと机から身を起こし、同時に襖が軽い音をたてて開かれたのは。
「――ごめーん、遅れた!」
そしてあっけらかんとした夢太の声が飛び込んできたのだ。
「やっぱみんな来てるかあ」
続いて勘右衛門が顔を出した。どうやらこの二人、一緒にここまで来たらしい。
三郎がますます不機嫌に眉を寄せた。


「大丈夫ですか?夢太先輩」
「あーあ……」
庄左ヱ門の問いかけに、夢太はどっちとも言えない返事で返した。
お茶を引っ被った装束の裾をつまんで、眉を下げて苦笑する。
「怒られちゃった」
「なんか、今日の鉢屋先輩は機嫌が悪いようでしたから」
「みたいだねー」
彦四郎の言葉に頷く。いつもの三郎なら、いくら腹が立っても、自身の先輩である夢太に淹れたてのお茶を浴びせるようなことはないはずだからだ。
「火傷とかしてません?」
「いや、大丈夫」
夢太は答えて、左手をひらりと振って見せた。それでとりあえず安心したらしい一年生二人は、次に顔を見合わせた。
「それにしても、鉢屋先輩があんなに怒るとは……」
「驚いたよね」
彦四郎の言葉に庄左ヱ門が頷く。その様子を見て、まあ、と夢太は口を開いた。
「三郎、今日は疲れてるんだろうから」
「やっぱりそうなんですか」
夢太達が来る前に自信が考察した結果が正しいようで、庄左ヱ門は夢太に目を向けた。
「うん――」
夢太が頷いて、なにか続けようとしたところで襖が開いた。
三人がぱっと見やると、戻ってきたのは勘右衛門一人だった。現実は上手くいかないものだ。
「三郎に逃げられちゃった」
「あー……」
彦四郎が残念そうに呟いてから、お疲れ様ですと労いの言葉をかけた。勘右衛門はそれに苦笑を返し、襖をもう一度閉めて会議室に入って来た。
片手に下げていた救急箱を軽く掲げて見せて。
「火傷とかあったらまずいでしょう。医務室から借りてきましたよー」
「そっか。ありがとう」
夢太はその言葉ににこりと笑った。
「でも大丈夫だよ」
そう続けて、庄左ヱ門達にしたように左手を軽く振って見せた。
勘右衛門はそれに目をぱちりとさせてから。
「……そうですか?」
と救急箱を隣に置いて、畳にあぐらをかいて座り込んだ。


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