桜を埋める-1



校舎の裏、日の光は遮られて、暗い影が落ちている。
彼女はそこに一本だけある桜の木の下に座り込んでいた。膝を抱えて、顔をうずめるように。いつもの桃色の頭巾は無く、高い位置で結われた黒髪が肩にかかっている。
喜八郎は彼女を見つけてしばらく立ち止まった後、ゆっくりと影に足を踏み入れた。
顔を上げた彼女の目は、どこかうつろ。喜八郎を見上げて二度ほどゆっくりと瞬いた。
「……喜八郎、じゃない」
「……泣いてるんですか、夢子先輩」
喜八郎は平生と変わらない風に、飄々と応えた。彼女はそんな喜八郎を見て、安堵と悲しみを混ぜた目をして微笑んだ。
「泣いてないわよ。あなたこそ、泣いているの?喜八郎」
「……」
そう言われて、喜八郎はゆっくりと自分の眦に触れた。
「……泣いてませんよ、僕は」
事実、喜八郎の目に涙など浮かんでいなかった。

彼女は、夢野夢子という名前だ。くの一教室の六年生。くの一教室の数少ない最上級生で、くのたまにも忍たまにも慕われている――後者については、恐れられてもいるが。
そんな夢子と喜八郎はとても仲が良かった。元々彼女と仲が良かったのは同級生の立花仙蔵なのだが、今となってはおそらく喜八郎の方が仲良しだ。
夢子にとっての喜八郎は、おそらく弟のようなものだろう。菓子が手に入ればお茶に誘い、宿題がわからないと言われれば懇切丁寧に教えてくれる。
――しかし、喜八郎にとっての彼女は、姉のようなものではなかった。

「喜八郎、今日も穴堀りをするつもり?」
「もちろん」
「場所は決めたの?」
「まだです」
「そう」
喜八郎の答えに夢子は頷いて、少しの間を置いて微笑んだ。
「よかったら、この桜の木の近くなんか、どう?」
「……」
喜八郎は夢子の微笑みをじっと見つめた。さっきから変わらない、どこか影のある微笑み。
「……いいですよ、そうしましょう」
彼女の微笑みに、少しの安堵が混ざった。

夢子はとても美しい人だ。誰もがそう言うし、喜八郎もそう思う。
綺麗な黒髪は下ろしたら腰までにもなる。まっすぐでさらりとしたその髪は、友人の立花にも引けを取らない。彼女のそんな点は、立花も気に入っているらしい。
澄んだ漆黒の目は涼しげで、釣り気味。無表情でいればキツイ印象を抱かれてしまうその目を、夢子自身はあまり好きでないらしい。しかし喜八郎にしてみれば、その目はきりっとしてかっこよく見える。何よりそのかっこいい目は、へにゃりと曲がると可愛さを見せるのだ。
彼女の微笑む様が、喜八郎は好きだ。
――いや、正直に言うと、喜八郎は彼女自身のことを好いているのだ。


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