黄昏時へ-1



窓の外が随分と暗くなった。もう冬だから、日が落ちるのが早い。
かん、鐘が鳴った。
空は赤さを残す。辺りは薄く照らされる。
黄昏時。目が闇に慣れきっておらず、そこにいる人がわからない。誰そ彼。

――今回は、図書室だった。

薄暗い図書室の中に鐘の音が飛び込んできて、僕は一つ息をついた。手元の貸し出しカードを整理して片付けて、図書室の鍵を閉めたら今日の仕事は終わりだ。
図書室の中をぐるりと見渡し、残っている生徒がいないのを確認する。
机に、一人だけいるけど。
「夢太、起きて」
「んー……」
声をかけると、小さく唸ってのそりと身を起こした。机に突っ伏して寝ていたから首が凝ったらしい。首の裏をさすりながら頭を捻っている。
「もう夕飯?」
「そうだよ」
「あー、そうか」
夢太は僕が図書委員の当番をする時、毎回こうしている。放課後になってすぐに図書室に来て、机に突っ伏して寝始める。他の生徒の邪魔にならないよう、一番隅の机の一番端の席で。
彼は眠りが深い質で、一度寝るとなかなか起きない。でも僕が名前を呼ぶとすぐに起きる。何故かと聞けば、愛の力、と冗談っぽく笑う。
貸し出しカードをすべて片付け、一応本棚の間を見て回る。誰かが残っていたら事だ。やはり誰もいないのを確認して、入り口まで戻った。
「夢太、行くよ」
「ほーい」
あくび混じりに返事をして、夢太は素直に図書室から出た。扉を閉めて、鍵をかける。
「らーいぞ」
「ん?なに?」
楽しそうな声で呼ばれて振り返ると、夢太の顔がすぐ目の前にあって驚いた。驚いたついでに身を固くする。
夢太が悪戯っぽく笑った。二人の額がこつんとぶつかった。
「今、雷蔵の夢見てた」
「――そっか」
幸せそうに笑った夢太。僕も幸せで笑い返した。

――僕も今、君の夢を見ている。

* *

――今回は中庭だった。

薄暗い中庭で僕が夢太を見つけた時、彼は芝生の上で昼寝をしていた。こんな時間に寝たら夜に寝れないだろうと言ったら、だからこんな時間に寝てるんじゃない、と返ってきて呆れたのは随分前だ。
――そうだ、少し驚かしてやろうっと。
「夢太」
「んー……」
名前を呼ぶと、夢太は小さく唸った。今までいびきすらかいていなかったのに。
眉がきゅっとしかめられ、瞼が震えて、ゆっくりとそれが上がっていった。
「おはよう」
「……うわ」
「何それ。なんか納得いかない」
そう言って不満げな顔をして見せると、夢太は目をぱちくりさせた。
「雷蔵、どうしたの」
「もう少し驚いてよ」
「十分驚いたよ。なにこれ、サービス?」
「ばか」
そう言って笑うと、夢太も目を細めて笑った。
あと数寸で口吸いできそうな距離だった顔を離すと、夢太はのそりと起き上がった。それから髪を手櫛で整える。
「別に続けてよかったのに」
「やらないよ、そういうつもりじゃないもの」
「ちぇー」
夢太が拗ねたように口を尖らせて、僕はくすりと笑った。

* *

――今回は食堂だった。

薄暗い廊下。食堂の入り口で立ち止まる僕と夢太の横を、生徒達が通り過ぎていく。
いつものメンバーがやってきて、僕らの隣で止まった。
「――」
「雷蔵が決まらなくてね」
夢太が苦笑混じりに三郎に答えた。
「――」
「――」
「あはは」
夢太が笑った。不思議に思って目を遣ると、八左ヱ門と勘右衛門の肩を叩いていた。
「――」
兵助が僕の目の前に腕を伸ばして、豆腐定食の文字を指した。僕が笑うと、夢太も笑っていた。おそらく他の四人も笑っている。

――夢太以外の声は聞こえない。表情もわからない。

* *

空が真っ青。
これは違う。


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