女子!-3



「今日は何か、ご用事ですか?」
「うっ、えーっと……」
世間話でもしないと不自然かと質問を投げかけてみたものの、数馬はわかりやすくぎくっと身を固くして視線を泳がせた。女装実習なんだから、設定の作り込みはちゃんとしなきゃね、後輩よ……。
「ちょ、ちょっとばかり、買い物に……」
「買い物ですか、一緒ですね」
「そう、なんですか……」
何も一緒ではないけど、とりあえず話を合わせておくのが処世術というもの。俺はこういう気のない会話は妙に得意なのだ。
数馬は目をパチパチと瞬かせて、少し間を置いて続けた。
「えっと、何を?」
「私ですか?」
聞き返されるとは思っていなかったので少し面食らった。はい、と頷かれたので急いで思考して答えた。
「ちょっとした贈り物を」
「贈り物……」
「はい。一つ向こうの通りの小間物屋で……」
――あっ、まずった!
自覚した時には遅いというか。数馬は目をパチリと瞬いて、はあ、と呟いた。
「小間物屋……」
「ええ、まあ」
不思議そうな顔をしないで欲しい。本当は鍛冶屋に刀を受け取りに行っていたと言いたい。しかしどう考えても普通のお嬢さんに言うような話題ではない!
小間物屋で贈り物、なんて化粧道具か装飾品の類を連想するに決まっている。まるで恋人への贈り物だと言っているようなものじゃないか。
普段こんな取り繕った会話なんてくの一教室の子達としかしないものだから、適当に女の子ウケのいい受け答えを覚えてきた弊害だ。
不思議そうなだけならまだマシだ。もしこのまま数馬が誤解とかしちゃったら……いや、そもそも以前保健委員の一年生との会話を聞かれて、俺に好きな人がいるって誤解を――厳密には誤解ではないけど――受けているところだというのに!
内心大いに焦っているが、表に出すわけにはいかない。
気付かないフリを貫き通さなければ、数馬を実習不合格にさせてしまう。にっこり微笑んで見せると、不審に思われた様子はない。
――それに、取り繕った会話とはいえ、数馬と一緒にいる時間はできる限り伸ばしていたい。
――最近、数馬に避けられている。
以前は不運が発動して、そもそもすれ違いさえしなかったのだが、最近はばったり顔を合わせるという機会が増えた。
原因はこれも当然俺の不運だ。すれ違わなければ、彼に避けられていることなんて気付かないのに。ばったり鉢合わせるからこそ、会釈だけして慌てて俺に背を向ける行動をまざまざと見せつけられるのだ。
乱太郎と伏木蔵とのあれこれがきっかけだろう。数馬は気を遣う子だから、気まずいんだろうけど……結構な精神的ダメージを与えられているのでむしろやめてほしい。
「あの……?」
「はい。なんでしょう」
つい気落ちしていると、数馬が眉を下げて俺の顔を覗いていた。その仕草可愛い、なんてちらっと思ったが、平静を装って答えてみせる。
五年生なら心の機微など悟られちゃいけないだろ、頑張れよ俺。
「あー……」
数馬は何か言いたげに視線を泳がせたが、結局は苦笑気味にして当たり障りない言葉で続けただけだった。
「いえ、お団子食べませんか?固まっちゃいますよ」
「……そうですね、ごもっとも」
内心首を傾げたものの、言いたくないなら聞くものではないか、と思うことにして頷くのみにした。
あまり深く聞くなんて、行きずりのお嬢さんに対しては失礼だろう。

* *

茶屋を出たところで、夢野先輩が振り返り僕の足元を確認して尋ねた。
「痛くはありませんか?」
切れた前緒は白い手拭いの切れ端に代わった。ちょっとだけゆったりした風につけてくれたらしく、その気遣いもさすがだなと思える。
僕が饅頭を食べている時に手拭いを何の躊躇もなく縦に裂いてしまって、止める間も無く穴から通して付け替えてしまったのが、とても申し訳ない。
「だ、大丈夫です。すみません、手拭い……」
「いえ、もう襤褸ですから」
夢野先輩はそう言って笑った。
端に桜の刺繍が施された白い手拭いには見覚えがあった。いつか先輩が落とし穴から僕を引き上げた時、ぐずぐず泣くのを見て差し出してくれた。一年の頃だから、確かにまあまあ古いものなんだろうけど。
――桜の刺繍……かわいいですね。
――似合わないって言っていいよ。学園に来る時、お袋が持ち物全部に縫い付けたんだぜ。
三年生だったその頃の先輩は、頬を赤くして不機嫌を装っていたっけ。それでいて、五年間ちゃんと綺麗に洗濯して使っていたのを知っている。
「あの、やっぱり歩きづらいですか」
「い、いいえ!違います!すごく歩きやすいです!」
昔のことを思い出して、さらに申し訳なさがのし掛かってきた。夢野先輩が不安そうにしたので慌てて否定したけれど、先輩は苦笑しただけだった。うーん、これはバレてる……。
「私はもう帰りますが、あなたは?」
「え、ええと……」
聞かれてつい言い淀む。そういえば実習中だったんだ、これは課題達成と言えるか否か。
どちらにせよ、先輩とはここで分かれた方がいい。どうもやっぱり僕のことには気づいていないらしいし、それこそボロが出ないように。
「私、まだ用事があるので……」
「そうですよね。結局長く引き止めてしまって、すみませんでした」
夢野先輩はまた綺麗に笑って、それじゃあ、と背を向けようとした。
――あ。
「ま、待ってください!」
「……なんでしょう?」
「あー……」
何だろう。思わず呼び止めはしたものの、何も考えていなかった。
単純に、何となく……名残惜しかっただけで。
思わず視線を地に落とすと、先輩が笑ったような気配がして。

「――俺に言いたいことがあるなら、直接言いに来てよ」

「……えっ?」
はっとして顔を上げると、先輩はもう僕に背を向けて歩き出していた。



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