星降る夜へ-3



井戸の水ってなんでこう冷たいんだろう、雷蔵、すごいねえ。雷蔵はまた呆れた顔をしたが、すぐに子どもでも見るような目で笑った。失礼だなあ、これでも君の恋人じゃないの、俺。
東は藍色、西は赤色。その間は薄暗い紫色。
「そうだ、今日は裏々山まで行ってみよう」
ゆっくり行こう、朝焼けにはまだまだ時間があるんだから。
冷たい井戸水で何度か顔を洗うと目が冴えてきた。大丈夫、ほら、ぜーんぜん眠くないよ俺。
そういうつもりで笑って見せる俺の前で、雷蔵はにこにこ笑っている。

「――夢太、どうした?」
ぬっと目の前に大きな手の平が現れる。雷蔵の笑顔を破って、ひらひらと振られる。

ああ、雷蔵が消えちゃった。

「……どうしたって、別になにも」
「さっきからぼうっとしていたから……井戸にでも落ちるかと思った」
「そんなことしないよ、馬鹿だなあ」
笑顔の雷蔵が消えて、そこには心配そうに顔をしかめた八左ヱ門が残っていた。まったく、俺が井戸に落ちるなんてそんな馬鹿なことするわけがないだろ。そんなことをしている場合じゃないんだから。
「ちょっと顔を洗っていただけじゃないか」
「……ちょっと、ね」
八左ヱ門がさらに眉をひそめる。なんだよ、ほら、井戸水が冷たいから気を引き締めていただけだろう。あれ、さっきまで冷たかった桶の水、いつの間にこんなぬるくなった?
「夢太、大丈夫か、部屋戻る?付き添ってやるから」
「いらない。今から裏々山に行く予定だから」
ねえ、と雷蔵に同意を求めようとしたところで、隣に誰もいなかった。ああそういえばさっき消えちゃったんだった。
「ありがとう、八左ヱ門。行ってくるよ」
「やめとけって、危ないって、みんなも言ってるじゃないか」
歩き出そうとしたのに、八左ヱ門が慌てて腕をつかんできた。もう、またそれかい、みんな心配性なんだから。
「危なくないよ、雷蔵もそう言ってる」
「言わない!」
八左ヱ門が声を上げた。きいんと耳元に響いた気がして顔をしかめる。君、もともと声大きいんだから気をつかってよ。
俺がもう一週間眠っていないの、知らない?
「雷蔵はそんなこと言わない!お前を見て笑ったりしない!今のお前を見て、笑って許したり、雷蔵は絶対にそんなことしない!」
八左ヱ門は続けた。
「――雷蔵は、死んで尚お前を縛るなんて絶対に望んでないはずだ!」
雷蔵が困ったように笑った。戻ってきたんだ、よかった、八左ヱ門の声大きいもんね。思わず少し笑うと、八左ヱ門が怒った顔をして、なんで笑うんだよ、と呟いた。
「だって雷蔵が笑ってるから」
「お前、まだ……!だから、いい加減に――」

「――雷蔵は約束を破らないんだよ」

ねえ、と同意を求めれば、今度こそ雷蔵は俺の好きな顔で笑ってくれた。
あと一日で君との約束が果たされる。


前<<>>次

[3/5]

>>Short
>>dream