星降る夜へ-2



座学の授業をさぼってしまった。だって眠くなるんだもん、と言うと雷蔵が呆れた顔をした。そんな顔をしたって俺は戻らないよ。ほら、ヘムヘムが鐘を鳴らすまで、一緒に裏山にでも行こう。実技の鍛錬をするなら文句ないでしょ、真面目なんだから。
午後の授業は実技だったはずだから、その時間に戻ってくればいいのだ。というわけで、あと一刻もあるのだし、ゆっくり行こう。雷蔵も急かされるのは嫌いだろう。
そういうことに決めて、俺は――違う、俺たちは――裏山に向かって歩き始めた。まだ日は昇りきってさえいない。
「夕暮れにはまだまだあるね、雷蔵。嫌そうな顔しないでよ、俺今日も寝ないから。最近あの悪い癖直してるんだからむしろほめてほしいな」
とはいっても簡単にほめてくれないのが雷蔵なんだよなあ。半分くらい信じていない様子で俺を見ている。もう、だから大丈夫だってば。だって雷蔵が起こしてくれないとテコでも起きないだなんて、そんなの欠陥すぎてダメダメじゃないか。
でも雷蔵がいなくちゃダメな自分って、結構嫌いじゃないんだよね。ああ、また雷蔵の不信が増えちゃった、違う違う、君の手を煩わせるようなこと、もうないからさ。
「――おい待て、夢太、どこ行くんだ?」
急に後ろからかけられた声に、俺はちょっと顔をしかめて振り向いた。まったく、俺と雷蔵の楽しい時間を邪魔するんじゃないよ、もう。
「こら鉢屋学級委員長、今授業中じゃないの?」
「その通りだよ、お前も早く教室に戻れって。窓から見えたから、追いかけてきたんじゃないか」
「違う組なのに気づくなんて、君ちゃんと授業聞いてない証拠だぞ」
「そんなことどうでもいいから、早く戻れ」
鉢屋は最近雷蔵の変装をするのをやめたと記憶しているのだけど、今はなぜか雷蔵の顔をしている。俺が雷蔵に弱いのを知ってのことだな、それで言うことを聞くと思ったんだろ。ふふん、残念、君が鉢屋三郎だってことは、雷蔵の隣にいる俺がよーく知っているんだから。
「心配しなくても午後には帰ってくるよ。裏山でちょっと体動かしてくるだけだから」
「だめだ、今戻れ。裏山なんか行くなよ、危ない」
おいおい、仮にも俺だってお馬鹿なは組の人間とはいえ五年生の端くれだぞ。裏山くらいで危ないなんて酷い言いようじゃないか。雷蔵もそう思うでしょ、ほら笑ってる。
「危なくなんかないよ、一年生じゃあるまいし」
「だめだ危ない、今のお前をそんなところに行かせるなんて、私はそれを見逃せない」
学級委員長の責任感か何かかい。君はろ組の委員長だから、俺のさぼりを見逃したくらいで先生にこっぴどく叱られるようなことはないだろう、大丈夫だよ。
「それでもし、たとえば、万が一なんかがあったとしたら、私は雷蔵に顔向けできないじゃないか」
――ああ、雷蔵の一番の親友だったことの責任感かい。確かにその方がありえそうだ。
「大丈夫、ほら、雷蔵が笑ってるから」
ねえ、と雷蔵に同意を求める。雷蔵は相も変わらず笑ったままだった。ね、大丈夫だよね、俺。
「……お前の言う雷蔵って、いっつも笑ってるばかりじゃないか」
三郎が忌々しげにつぶやいた。それは少し癇に障ったが、雷蔵が苦笑して首を振るので何も言わないことにした。いっつも笑ってる雷蔵に感謝しろよ、三郎、まったく。
「午後にはちゃんと戻るよ、本当、大丈夫だからさ。三郎こそ早く授業に戻ったほうがいいぞ」
三郎はそれ以上何も言わず、教室に戻るでもなくじっと俺を睨んでいる。その視線を感じつつ、俺は彼に背を向けて裏山に向かうことにした。雷蔵は三郎を振り返りながら俺についてくる。
「ねえ、三郎なんだかおかしいよな」
雷蔵はまた苦笑した。
ああわかってるよ、おかしいのは俺の方なんだよな。はいはい、言われなくてもわかってますよー。


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