「月が綺麗ですね」-4



――『都合がいいというか……あまり好きじゃない』
――『ええ?とても素敵じゃないですか』
久作の言葉に、夢子は納得いかないという風に返してから、手元に開いた本に少し目を通した。そしてうん、と一つ頷くと、微笑んだ。
――『満月に見守られて愛を交わすなんて、とても素敵じゃないですか――』

夢子の手から、ひと月ぶりにその物語が久作の手に戻ってきた。
久作はまた夜空を見上げた。彼女が素敵だと言った満月には到底及ばない、細い三日月が浮かんでいるだけだった。
――やはり物語は都合がいい。
――現実はそう上手くいかない。
物語は、満月に照らされ男女が愛の言葉を交わして終わる。再会の約束を固くして、女は離れていく男の背を穏やかな気持ちで見送るのだ。
――どうしてこうも違うのだろう。
夢子はじっと俯いていて、久作からその表情を窺うことはできなかった。
久作には再会の約束など決してできないし、夢子はきっと彼の背を見送ることはできないのだろう。交わす言葉は愛を消すためのものであり、三日月は彼らを照らさない。
「……夢子」
久作が名前を呼ぶと、彼女は一瞬の後にちらりと顔を上げた。わずかな光でも、久作には夢子の目に溜まった涙が見えた。
――現実はそう上手くいかない。
――しかしそれでも、今までゆっくり育ててきた想いを、物語に重ねてみたいのは。
――きっと、自分勝手な話だろう。

「――月が、綺麗だな」

彼女は目を微かに見開いてから、きゅっと細めて微笑んで見せた。溢れた雫で頬を濡らして、そうですね、と小さく呟いた。
二人が交わした愛の言葉は、後にも先にもこれきりだった。

「月が綺麗ですね」
[あとがき]



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