「月が綺麗ですね」-2



店の後片付けを手伝いながら久作を待っていた夢子がその手伝いを終わらせた後、二人は連れ立って甘味処を出た。
夢子は町に住む普通の娘である。忍者なんかなんの関係もない、ただの町娘。
「こんな時間まで出歩いて、怒られないのか」
「さあ……怒られるかもしれませんね、告げていた時間より遅いですから」
「それは……ごめん」
夢子の言葉に、久作は少し俯きがちに答えた。時間が遅くなったのは、久作が約束の時間に大幅に遅れたからだ。
しかし夢子は久作の言葉を聞いて慌てて首を振ると、久作さんのせいじゃ、と声を上げた。
「待ってたのは私の勝手ですから」
「こっちが遅れたから待たせたんだろう」
「いいえ……来てくださらないと思ってました。久作さんが約束に遅れるなんて、今まで無かったから」
夢子はそう言って苦笑した。

――『はい、どうぞ』
読み終わったばかりの本を、一人分空けた隣に座っていた少女に差し出せば、彼女は目を輝かせた。
――『ほ、本当にいいんですか?』
――『大丈夫ですよ』
――『でも、本なんて高価なものですし……』
目は本に釘付けである。そんな目をして遠慮なんかされても。久作は小さくため息をついた。
――『いらないなら別にいいんですけど』
――『い、いらなくないです!』
その一言で急にぱっと顔を上げたので、久作は少し驚いた。彼女自身もすぐに我に返ったようにまた目を落とした。人と目を合わせるのが苦手らしい。
――『じゃあどうぞ』
――『えっと、では、あの、ありがとうございます……』
図らずも相当本に惹かれているとはっきり示してしまうことになって、少女はようやく久作の差し出す本を両手で受け取った。
――『いつお返しすればよろしいでしょうか』
――『別にいつでも』
――『あの、このお店にいらっしゃるということは、ふもとの町の方でしょうか?』
――『あー、いや、そうではないんですが』
まあその辺です、と適当に返した。相手は少し首を傾げただけでそれ以上は聞かなかった。
――『よろしければ、ご都合の良い日にこのお店で……』
――『そうですね……じゃあ、二週間後はどうでしょう』
久作の提案に、少女はへらりと笑って頷いた。

そうして始まった月に数度の逢瀬は、いつしか久作にとって大切な時間となる。
最高学年としての気負い、難しくなっていく任務への緊張や、卒業後を考えた時の不安。元来とても真面目で思慮深い彼は、眉間にしわを寄せることが多くなった。そんな中、夢子とひたすら好きな本のことについて語る時間の穏やかさは、久作の数少ない息抜きだった。やがて学園で本を読む時も、次に彼女と会ったらどんな話をしようと考えるようになり、それだけで気持ちが解れることに気が付いた。


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