順番-3



三郎を追って会議室を飛び出した勘右衛門は、校舎を出て少し行った裏庭で目的の人物を見つけた。
「さぶろー」
名前を呼ぶと、顔をしかめたままの三郎が振り返った。彼は裏庭の小さな池の隣に座り込んでいた。
勘右衛門は少し迷った様子を見せてから、えっと、と呟いて続けた。
「遅刻してごめんね?」
「……なんで疑問形なんだ」
三郎は少し不満気に言ったが、そのままはあと息をついた。

「……まあ、勘右衛門はそれでいいや」

勘右衛門は安堵したように笑った。今のため息が、呆れ混じりの許しを示すことに気付いたからだ。
「今日は珍しく不機嫌だね。なんかあった?」
「不機嫌っていうか……疲れた」
そう言って本当に疲れたように息を吐くので勘右衛門は少し驚いた。本当に珍しい、と内心呟く。
「なに?授業?」
「いや、午前まで任務だったから。一昨日の夜に出て」
――ああ、だから昨日は姿を見なかったのか。
勘右衛門はそこでようやく思い出した。それと合わせて、三郎が先ほど唐突に怒り出した理由も納得する。
「なるほど。疲れてたのと、俺達が遅刻したのとが重なったからか」
「そう!」
また不機嫌に睨まれた。ごめんって、と謝るとまったく、と呟いて返される。
「――あ、あと一つか」
「ん?」
勘右衛門が呟くと、三郎は首を傾げた。


「――俺と勘右衛門が二人で出かけたから、ってのもあるでしょ?」
夢太が笑いながら言うので、勘右衛門――勘右衛門に化けた三郎は思わず眉を寄せる。
「……わかってたなら、やめてくれます?」
「あれ、素直だ」
少し意外そうに言われて、三郎はふんと鼻を鳴らした。ついでに勘右衛門の変装も解いて、いつもの雷蔵の顔に戻る。
「これでいいでしょ。さっさと右腕を出してください!」
「はあい」
本当にあっさり右腕を差し出した。腹立たしい。三郎はまた少しイラッとしながら、保健委員から預かってきた薬を塗りつけた。


「――先輩が三郎より先に俺のとこに来たから、でしょ?」
「……」
勘右衛門がもう一つと言って挙げた言葉に、三郎は眉をひそめた。
「だって先輩授業終わってすぐ俺と町に出たもん。その前に会ってた?」
「……会ってない」
「やっぱりー」
勘右衛門は楽しそうに続けた。
「さっきの、『勘右衛門はそれでいいや』ってそういう意味ね」
――相変わらず、そういうところは鋭い。
三郎は少し口を尖らせながら思った。


「ところで三郎」
薬を片付けている三郎に、夢太が声をかけた。なんですか、と返すと彼はにこりと笑った。
「――おかえり。任務お疲れ様」
――『勘右衛門はそれでいいや』
三郎は思わず眉をひそめる。
「……わかってたなら、先に言ってくれます?」
「あはは、ごめん」
夢太があっけらかんと笑うので、三郎ははあと息をついた。
「可愛い後輩だからね、わかるよ」
今のため息が、呆れ混じりの許しを示すことも。
「疲れた時は甘いもの、って言うでしょ」
夢太はそう言って、左手で机の上の風呂敷を指した。
――わかるっていうなら、もうちょっと順番を考えてくれないかな。


「この前三郎が好きだって言ったとこ」
勘右衛門がそう言って笑った。
「先輩が知りたいって言うから、案内してあげたんだよ」
二人で出かけたのはそういう理由らしい。
三郎はため息をついて、立ち上がった。不思議そうに見上げる勘右衛門をちらりと見下ろして、いつもの早業で彼自身に変装した。
「借りるぞ」
「えー。じゃあそれであいこね?」
「馬鹿。先輩と二人で甘味処なんて、これだけで清算できないよ」
三郎はそう言い置いて、会議室とは別方向、医務室の方に歩いて行った。
それを見送って、勘右衛門は肩をすくめた。
「面倒くさいなあ、二人とも」
――『三郎が甘いもの気に入るって珍しいじゃない』
――『折角だからそのお饅頭あげたいんだよね』
――お饅頭あげるより、おかえりって言うのが先ですよ、先輩!
――で、嫉妬して怒るより、馬鹿な先輩に『好きです』って言うのが先だよ、三郎!

順番を考えて!
[あとがき]



前<<|>>次

[3/3]

>>Short
>>dream