順番-2



「……二人とも、遅刻」
「あはは、ごめんっ」
「ちょっと急用が」
三郎が眉を寄せて放った言葉に、勘右衛門は軽い調子で謝って、夢太は苦笑交じりに言い訳を述べる。
「なんですか、急用って」
「これー」
庄左ヱ門が返した問いに、勘右衛門は片手に提げていた風呂敷包みを揚げた。首を傾げた一年生達と依然不機嫌な三郎に、勘右衛門が嬉しそうな声色で言った。
「いや、夢太先輩においしいお菓子買いたいから一緒に行こうって誘われて!俺イチオシのお饅頭買ってきたよ〜」
「ああ、だから二人で来られたんですね」
「うん」
彦四郎の言葉に頷いてから、夢太は呆れ顔で勘右衛門に目を向けた。
「さっさと買って帰るつもりが、勘右衛門が勝手にあんみつなんか頼むから」
「いや、あのお店あんみつもおいしいんですよ〜。行ったら食べなきゃ帰れませんって!」
「委員会あるって言ってるのに」
「でも先輩もお団子頼んでましたよね?」
「団子はいいの、早くあがるから!」
「なんですかそれ!」

「――二人とも」

冷たい声だ。
そして楽しそうに言葉を交わす二人は、この冷たい声にぎくりとして口を閉じた。
当然、声の主は三郎である。
「先に言うべきことは」
「え。えーっと……」
さっきよりも不機嫌を前面に押し出す三郎に、勘右衛門は思わず夢太に視線を送った。送られたからといって、夢太がどうこうできるわけでもない。
夢太と勘右衛門は視線を交わして、互いに同じように眉を下げた。
――そこで三郎はついに湯呑みを握る手に力を込めた。
「――もういいです!!」


「三郎、今日の午前中まで任務だったからね」
「え」
「そうだったんですか」
夢太の言葉に、一年生二人は目を瞬かせた。勘右衛門も驚いたように目を丸くしてから、今度は軽く眉をひそめた。
「知ってたんですか?」
「そりゃあ。可愛い後輩のことだし」
その可愛い後輩に思い切りお茶を被せられた深緑の装束は、現在上衣を脱いで右腕にかけているが。
庄左ヱ門が納得したように一つ頷いてから口を開いた。
「疲れてたのと、先輩方が遅刻したのと。二つ重なって爆発したってところですかね」
「知ってたなら変なことしないでくださいよ!」
一年生に諌められる六年生とはどうなのだろう。夢太は思いながら、顔をしかめている彦四郎にごめんごめん、と謝ってみせた。
「尾浜先輩、鉢屋先輩に逃げられたんですよね」
「あはは……」
庄左ヱ門の確認に勘右衛門は苦笑。すると庄左ヱ門は軽く息をついてから立ち上がった。
「僕達で鉢屋先輩を連れてきますから、二人は待っててください」
宣言して、彦四郎に行こうと声をかけた。
そうして一年生二人は出て行って、残ったのは夢太と勘右衛門の二人だった。

しばし沈黙が続いて、勘右衛門がため息をついた。
「――とりあえず、先輩、火傷の治療しますから右腕出してください」

夢太はその言葉に一度目を瞬いて、へらりと笑った。
「やっぱ気付く?」
「気付きますよ!」
勘右衛門が顔をしかめると、夢太は苦笑したまま上衣を右腕から外した。
「湯呑み庇ったのは右腕でしょ。左手振られても意味ありません」
「さすが」
一年生達に、大丈夫という意で左手を振って見せたが。そもそも左腕にはほとんど被害が無かったのである。逆に、思い切りお茶を被った右腕は、彼らが心配した通りに軽い火傷を負っていた。
赤くなっている腕を呆れた目で見て、勘右衛門は救急箱を開いた。
「よく見てるね」
「忍者ですから、それくらい」

「そうだね。目の前の人間の動きくらい」

三郎に湯呑みを投げられた時。
勘右衛門は提げていた饅頭の風呂敷を、部屋の真ん中に据えられている机に置いていた。
夢太は襖のすぐ横に立っていた。

勘右衛門は夢太の言葉に少し視線を上げて、しかし特に返事を返すでもなく塗り薬を取り出した。
「ほら、治療しますから腕出してください」
夢太はそれに対してにこりと笑った。

「やだ」

勘右衛門は顔をしかめる。
「なんですか、それ」
夢太はわざとらしく右腕を背に隠して笑っている。
「――三郎に戻ったら、治療させてあげる」


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