桜を埋める-4



「喜八郎、お疲れ様」
喜八郎は穴の縁に手をかけて軽く登った。いつの間にか夢子は立ち上がって、喜八郎の掘った墓穴の隣にいた。
「私のお墓、ね」
「そうですよ」
「何か埋めるの?」
「いいえ。埋められるものなんて、何もありません」
せめて彼女の美しい髪だけでも欲しかった。しかし大切な娘を亡くしたご両親に、ただの後輩であった喜八郎のわがままなど言えなかった。
「掘って、また埋めます。それだけです」
「そう」
夢子は頷いた。泣きそうな顔で、涙は一つもこぼれなかった。
「毎日通うんです」
「やめなさいよ、そんなこと。私のことなんて忘れてしまいなさい」
「先輩の頼みでも聞けません」
「あなたって子は。本当に」
夢子は震える声で呟いた。そして桜の木をまた見上げた。
「やっぱり、桜ね」
「……どういう意味です?」
「桜の木はねえ、私の一番好きなものを私にくれるのよ」
夢子はゆっくりと言った。
「桜の近くならね、喜八郎は穴掘りが満足にできないでしょう」
夢子がなんとなく嬉しそうな声で言った。喜八郎はその台詞を何度か反芻して、目を瞬いた。
――それって。
「私のだぁい好きな喜八郎がねえ、穴掘りじゃなくて私を見てくれるのよ」
最後に歌うように言って。
彼女はとん、と穴の中に降りた。
「私のお墓よ。私が入らなきゃどうするの」
冗談でも言うように、軽い声で言う。その声は穴の壁に反響した。
「私のお墓。喜八郎が私のために掘ってくれたの」
夢子はそう言って笑った。幽霊は涙を流せないのかな、こんなに泣きそうな顔をしているのに。
「……先輩」
「だぁい好きな喜八郎、私を埋めてしまってね」
喜八郎は何も言えなかった。夢子がひたすら笑うから。

桜を埋める
[あとがき]



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