桜を埋める-3



桜を愛する彼女は死んだ。
任務を与えられたのは四日前のことで、喜八郎を撫でて行ってきますと出ていったのは三日前のこと。その任務が敵対する城のせいで情報操作されていたのに六年生が気づいたのが二日前のことで……冷たくなった彼女が学園に戻ってきたのは昨日のこと。
彼女は後ろから刀で刺し殺されていた。ほとんど抵抗した跡はなく、おそらく不意打たれたのだとわかる。情報操作で、彼女の敵は一人だと知らされていたのだ。

「……できる限り桜の木の近くにして頂戴」
夢子はそう言った。
――まだ、桜ばかり愛しているのだ。
「今まで沢山お世話になったもの」
「……なんですか、それ」
「ふふ」
こんな時まで、彼女は笑える。幽霊は涙を流せないのかな、こんなに泣きそうな顔をしているのに。

喜八郎はざく、ざくと穴を掘った。先ほどまで掘り返していた土に、柔らかく鋤がささっていく。

「あのねえ、喜八郎」
「なんですか」
「私はねえ、桜が大好きだけどねえ……」
ゆっくりと言葉を紡いでいく。夢子は冬の桜を見上げて、なぜだか穏やかな声で話す。
「私が一番好きだったのは、桜じゃなかったの」
「……そうなんですか?」
いつでも桜の木を見上げていた彼女に、桜以上に好きなものなんかあったのか。
――死ぬまで教えてくれなかったそれは、きっと本当に大切なものなのだろう。
思わず手を止めて彼女を見た喜八郎に、夢子は微笑んだ。
「桜の木は、私の好きなものを私にくれるから、好きだったの。桜じゃなくてねえ、もっと違うものよ」
「……なんなんですか、それは」
聞くべきか聞かぬべきか。考える前に口が勝手に促した。夢子は笑うばかりで答えなかった。

人一人だけ入れそうな穴。小さなもの。桜の木の根があるから、これが限界なのだった。
本当の墓穴にはなりそうもない。そもそも、彼女の遺体は今日の朝方、彼女のご両親が引き取ってしまったのだ。
もう、彼女はここにはいない。喜八郎が夜も眠れず一日泣いて過ごした間に。
しかしこの穴を彼女のお墓と呼んだのは、喜八郎にとって、確かにここが彼女の墓になるからだ。


前<<>>次

[3/4]

>>Short
>>dream