桜を埋める-2



彼女のお誘いにのった喜八郎は、ざく、と地面に鋤を差し込んだ。今の季節は冬。この桜の木は、葉も花もつけていない。
「桜、早く咲くといいわね」
「そうですね」
「本当にそう思っているの?」
夢子が笑い声をたてて言った。喜八郎はそんな彼女を見やって、しれっと答えた。
「ええ」
「嘘ばっかり。喜八郎、桜は好きじゃないって、前に言ってたわよ」
「そうでしたっけ?」
そうよ、と夢子は笑った。
――桜があなたの視線を奪うから、あまり好きではないんです。
喜八郎は内心呟いて、また目を地面に向けた。ざく、ざく、と地面を掘り起こしていく。
「桜、早く咲かないかな」
「……」
夢子はまた呟いて桜の木を見上げる。
――何もつけていない時でさえ、あなたの視線を奪うから。
「……楽しいですか、そんなもの見ていて」
彼女は喜八郎の言葉を聞いて、ゆるりと喜八郎に微笑みかけた。

夢子は桜が好きだった。満開の桜はもちろんのこと、花が咲く前の蕾も、花を咲かせ終えた葉桜も、葉をすべて落として終わった後の寂しい様も。
一番好きなのは、当然だろう、満開の桜だ。くの一教室では毎年、桜が満開になると花見をする。そのとき一番はしゃぐのは、意外なことに夢子なのだ。
桜の花はとても綺麗で可愛らしく、ひらりと小さくて柔らかい。女の子みたい、というおかしな言葉で、彼女は桜を絶賛する。
もうすぐあの花が咲くと思えば、蕾だって愛おしい。あの花が残していったと思えば、葉桜も愛おしい。あの花がじっと冬を乗り越えるために我慢していると思えば、葉のない裸の木でさえも。見上げて、素敵だと目を細める。
変な人だったのだ。確かに。
――そんな変な人に恋をした喜八郎自身も、十分に変だという自覚はしていた。

桜の木の下を、喜八郎はざくざく掘り返す。桜は根をしっかり張っているから、深い穴なんか掘れない。だから喜八郎は穴を掘った後に、埋めるという普段なら到底しないような行動を繰り返している。
「やりにくそうね、喜八郎」
「そうですよ。やりにくいです」
「そうでしょうねえ」
「……」
夢子は笑った。
――だから、移動しましょうよ。
きっと、今、この時でなければ、そう誘ったのだけど。
「……夢子先輩、僕、今から超大作作るつもりなんです」
彼女は目を細めて、そう、と一つ頷いた。

泣いてませんよ、僕は。喜八郎は先ほどそう言った。
泣いてませんよ、僕は。正しくは、こう。
――泣いて"た"んですよ、僕は。
この場所に来る前に、すっかり涙が枯れ果ててしまうほど。色んな人にすごく驚かれて、色んな人にすごく心配されるほど。ずっと、長い時間。
だから、もう泣きやんだから、泣いてませんよ、僕は。
――いや、正直に言うと、今も泣きそうなんですよ、僕は。

「どんなのがいいですか」
「あなたの掘る落とし穴は、どんなものでも好きよ、私」
「今回作るのは落とし穴じゃありません」
「あら、じゃあ何を掘るのかしら」
「……」
喜八郎は夢子をじっと見つめた。
悲しそうで寂しそうな微笑みを。喜八郎とは違って、泣けない彼女を。

「……あなたの、お墓を掘りますから、どんなものがいいですか」

彼女は目を閉じた。


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