最悪!-3



『願ったことが叶わない不運?』
井戸で顔を洗いながら、乱太郎達の声に頷いて返す。
「もしくは、嫌なことが起こる不運かな」
くのたま二人に張られた頬を冷やすためと、落とし穴に落ちての土汚れを落とすためと、今は一応止まった鼻血を洗い流すため。保健委員の二人――いや俺も一応保健委員だけど――には、医務室に行ったほうがいいと言われたが断固拒否した。
「つまり、どういうことですかぁ?」
伏木蔵が首を傾げて問いかけた。見ると乱太郎も同じように、不可解そうにしている。
「……例えば、今日の不運について」
彼らが俺を観察しているのには、万智子ちゃんと和やかに話している時点で気づいていた。その時点で、今日は不運に見舞われるなと予想もしていた。
「俺は五年生で、もう立派な上級生なわけだが」
『はい』
二人が頷く。
「一年生に見られている前で、みっともない姿は見せたくないわけ」
「はい」
「しかも、何でか知らないけどお前らは俺を幸運な人間だと誤解していた」
「はい」
伏木蔵は頷いてから、すみません、と呟いた。それは誤解してすみませんか?それとも幸運だと思ってすみませんか?別にどっちでもいいけど。
「だから見栄を張りたいと思ったらこの様だよ」
『……あー、なるほど』
運悪く変な修羅場を演じ、落とし穴に落ちて、躓いて転けた。なんて情けない先輩。
「だから早く帰ってくれと思ったら逆に出てきて声をかけてくるし」
「それも不運ですか?」
「そうだよ!」
乱太郎の言葉にそう返すと、二人は目を瞬かせて俺を見た。もう一度井戸水で顔を洗う。そろそろ頬の赤みもとれただろうか。
ぷ、と吹き出すのが聞こえて、二人が声を立てて笑い出した。
『あははははっ!』
「ちょ、なに!?なんで笑うの!?」
「だ、だって先輩、イメージと違いすぎです……!」
「ふふふ、すごいスリルぅ」
「はあー?」
顔をしかめていると、しばらくして笑いが止んだ二人が話し始めた。
「先輩ってかっこよくてすごい人かと思ってました」
「悪かったな、かっこ悪くて」
乱太郎の言葉に眉を寄せる。特に気にした風もなく、二人はにこにこしてやけに嬉しそうだった。
「でも、思ったより親しみやすそうでよかったです〜」
伏木蔵が言った。
「先輩が幸運持ちじゃなくて残念ですけど、それはそれで別に良いかも」
「ねー」
一年生達が笑い合うのを見ながら、なんとも言えない感覚を味わう。親しみやすいと言われるのはいいけど、不運を喜ばれるのは嫌だ。
「でも、だったらなんでそんなに女の子にモテるんでしょう?」
そんなにという言葉で一瞬皮肉かと思ったが、乱太郎の目にはそんな色が一切無かったので自身の捻くれを実感しただけだった。
「もしかして、それで俺を幸運だって思ってた?」
『はい』
二人同時に頷く。なんでだろうと思っていたが、そういうことか。
「あと、先輩といると不運にならないから」
「今日も落とし穴に一回落ちただけなんです!」
嬉しそうに言うけど、落とし穴に落ちてる時点で……まあいいや。
「それは、俺の不運がお前らの不運に勝っただけだろうね」
「あ、そっか!夢野先輩は僕らがついて来るのが嫌で、だから逆に僕らはまったく問題なくついて行けたってことだ!」
「なるほど……」
「……あれ、じゃあ、もしかして夢野先輩、女の子にモテるのが嫌なんですか?」
乱太郎が言った。それに苦々しい顔で頷いて見せれば、ええー!と二人から声が上がった。
「なんでですか?くのたまに好かれてたら、悪戯もされないし、いいじゃないですか」
「ミステリーです……」
「いや、俺は別に好かれてるわけじゃないと思う」
『え?』
ため息をつくと、不思議そうに首を傾げる二人。一年生はまだ女の子の恐ろしさを知らないからなあ。
「さっきの二人、見てたでしょ?」
「はい。先輩が二股掛けてたんですよね」
「やめて人聞きの悪い!」
伏木蔵があっさり言うので、一応否定しておく。
「俺はどっちも好きじゃなければ付き合ってもいない」
「え?でも、後から来た人が」
「んー……多分俺の言い分の方が正しいと思う」
確かに美代ちゃんとも仲はいいと思う。多分俺のこと好きなのかなとも思う。けど付き合ってないのは事実だ。そんな話は一度も出てない。


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