最悪!-2



二人が少し夢太に近づいた木の裏に隠れた時点で、般若のような顔のくのたまは夢太と、彼と一緒にいたくのたまの前まで来て足を止めていた。
「夢太くん、これは一体どういうことなのかしら?」
「えっと、美代ちゃん?」
「どういうことなのかしら?」
戸惑い気味に怒りのくのたまを見上げる夢太。隣のくのたまは心無し顔を青ざめさせて、夢太の袖をきゅっと掴んでいる。
「どういうことって、なにが?」
尋ねた夢太に、美代と呼ばれたくのたまは一瞬動きを止めて、次の瞬間、背中に燃えたぎる炎が見えたかと思えば。
「――私という者がありながら、なに他の子とイチャついてるのかって言ってんのよッッ!!!!」
その怒声には無関係なはずの乱太郎と伏木蔵も肩を震わせた。二人は顔を見合わせて、お互いの顔が少し青ざめている――伏木蔵はいつにも増して――のを確認した。
「えっと、」
「あなたの彼女は私よ!?噂では、最近その万智子と随分仲が良いらしいわね!!この前は逢引の約束までしたそうじゃない!!どういうことか納得できるように説明しなさいよ!!」
そう大声で責め立てる美代に、夢太は眉を下げて困惑した表情のままだった。
そんな夢太より先に動いたのは、夢太と最初に話していたくのたま――美代曰く万智子――だった。
――パァンッ!
と乾いた音がした。
「――さ、最っ低!!夢太くん、美代先輩とは別れたって言ってたくせに!!」
「はあ!?そんなこと言ったわけ!?」
乾いた音の正体は、万智子が夢太の左頬を平手打ちした音だった。夢太の隣から立ち上がって美代の隣に並んだ万智子は、顔を青ざめさせたまま、美代と同じように夢太を責め始めた。二人を見上げる夢太の顔は、焦りよりも戸惑いの色が濃かった。
「な、なんか大変な事になっちゃったよ……!?」
「さすが夢野先輩……!すっごいスリルぅ……!」
「なんでちょっと楽しそうなのさ!?伏木蔵!」
乱太郎と伏木蔵は三人を見ながらそんなやりとりをする。
「そんなこと言ったっけ……」
「なにそれ!?私がデマカセ言ったって言うの!?美代先輩とまだ付き合ってるって知ってたら、私だってこんなことするはず無いじゃない!!」
「いや、うん、まあ……」
「なんなのよ、夢太くん!!ちゃんと説明してよ!!なんで私と付き合ってないなんて言うの!?何考えてんのよッ!!」
ただでさえ恐ろしいくのたまに、二人がかりで責められる。自分は地面に座り相手は仁王立ち。あんな状況、並の忍たまでは恐ろしすぎて見ているだけで悪寒がする。
「伏木蔵、どうしよう……!」
「下手に僕達が出ていくなんて無理だよ……」
乱太郎があわあわと言うのに、伏木蔵は困ったように言ってから、そうだ、と続けた。
「夢野先輩はくのたま人気一番なんだよ?きっとこんな状況日常茶飯事で、どうとでも切り抜けられ……」
「――あのさ、」
伏木蔵の言葉の途中だが、夢太が声を発したので二人の意識はまた夢太達に向けられた。
『なによッ!?』
声を揃えて夢太を睨むくのたま二人。
――なんとか穏便に済んで!
心優しい保健委員会の一年生達の心の声の後。
「――そもそも、俺って美代ちゃんと付き合ってたっけ?」
――最悪だ。
二度目のパァンッ!が鳴って、夢太の右頬も赤くなった。
「最ッッ低!!!!このろくでなし!!あんたなんかこっちから願い下げよ!!万智子、もう行きましょ!!こんな奴に構うなんて時間の無駄だわッ!!」
「は、はい!」
美代は顔を真っ赤にしてそう言い捨て、頬を抑えて目を瞬かせる夢太に背を向けてずんずんと歩いて行ってしまった。万智子は一瞬目を泳がせてから、美代について行った。
そこに残ったのは両頬を赤くした女泣かせの男と、一部始終を見て戦慄する幼い二人だけになった。
「こ、怖い……」
「すごいスリルとサスペンス……見てはいけないものを見てしまった気がするよ……」
乱太郎と伏木蔵は、未だ呆然としている夢太を見ながら言い合った。
「どうしよ、夢野先輩のほっぺがすごいことになっちゃってるよ……!」
「医務室にお連れした方が良いかな?きっと精神的にも傷ついておられるだろうし……」
と伏木蔵が言った時、二人の視線の先で夢太がすっと立ち上がった。
驚いて様子を見ていると、夢太はすこしふらつきながら歩き出した。乱太郎と伏木蔵は顔を見合わせて、慌ててその後を追い始めた。
「先輩、どこに……」
「大丈夫かなぁ……」
伏木蔵と乱太郎が心配する目の先で、夢太はふらふらと歩いて行く。
――と思ったら。
「ぅお!?」
『えっ?』
夢太の姿が消えた。というか、これは保健委員会ではよく見られるあの……。
「ああまた、こんな時に……」
ぶつぶつと不満をたれながら、夢太が乱太郎達の視界に戻ってきた。それからまたふらふら歩き出した夢太について行きながら、二人は顔を見合わせる。
「あの夢野先輩が、落とし穴に……」
「で、でもあの幸運な夢野先輩が……ぐ、偶然?」
「にしては慣れた感じだったけど……」
「――ぎゃっ!」
『また!?』
また夢太の声がして、二人はばっと彼の方を見た。やはり夢太は不運に見舞われたようで、今度は地面にべたりと倒れ込んでいた。
「ま、まさか……!」
「夢野先輩って……!」
そこでようやく事実に気づき始めた二人だったが、むくりと起き上がった夢太の下の地面にぽつぽつと赤い染みが出来るのを見て、わっと声を上げて彼に駆け寄った。
「夢野先輩!」
「怪我したんですか!?」
そうして駆け寄ってきた乱太郎達を振り返った夢太の顔は、普段のきりっとした端整なそれではなかった。
女二人に張られた両頬は赤く、先の落とし穴での土汚れ、今転けた結果だらだら流れる鼻血。
極めつけは、これ以上無いほどの苛立ちを見せる深い眉間のシワと、釣り上がった目。
「……これだから保健委員会は嫌なんだよ――!!」
一瞬の間を置いて、夢太はそう叫んだ。


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