不運!-3



夢野夢太先輩は怖い先輩だと思っていたけど、本当はそうでもないと気づいたのは、あの役割り決めでの一件の後だった。あれ以来、廊下や食堂ですれ違う彼を何度か見かける度に気にしていたが、その時はいつも軽い笑顔を浮かべて楽しそうに友達と話していた。声も全く不機嫌そうに聞こえない。眉間のしわも無いし、冗談も言うし、声を立てて笑う。
ただ、委員会中の彼はいつも機嫌が悪い。どうやら委員会が嫌いなようだ。理由をはっきり聞いたことはないが、簡単に想像はつく。
――彼は、他の委員の生徒達と比べて、そこまで不運ではないのだ。だから、他の生徒の不運に巻き込まれるのが嫌なのだろう。
一二度は少し眉を寄せるだけで許す。ただ、同じ日に四度以上の不運に巻き込まれると怒鳴る。まさに仏の顔も三度までって感じだなあと思ったものだ。
そんな彼が何故保健委員会にいるのだろうとよく疑問に思った。別に強制でも無いだろうに。先輩方はいつも不機嫌な夢野先輩を特に嫌うわけでもなく、しょうがないなあと笑っていた。その理由も、僕は未だに知らない。

* *

自身の委員会の委員長、善法寺伊作先輩が俺の前に立っている。困ったように笑っているのは、昨日と同じ誘いをまた持ってきたことに対する申し訳なさだろう。
「で、やっぱり駄目かな?」
「昨日も言いましたけど、嫌ですよ。行きませんから」
「後輩達も是非って言ってるし」
昨日、先輩は保健委員会の後輩達に俺のことを話してしまったらしい。明後日の裏々山への薬草集めに、俺も是非と言われたそうだ。
「嫌です。行きません」
「うーん。まあそうだろうとは思ってたけど……」
伊作先輩は乾いた笑いを浮かべた。多少申し訳ないとも思うけど、やはり行くわけにはいかないとも思う。
――本当は、見たこともない後輩達が、俺もと誘ってくれているのは嬉しい事なんだけど。
「なんだろうね、君が委員会に来ないのって、良いのか悪いのかよく分からないな」
伊作先輩が言ったので、首を傾げる。委員会に参加しない後輩なんて、彼にとっては生意気で迷惑だろうに。
「なんでですか?」
――その理由を知りたい。
「だって――」
と言いかけた伊作先輩が一瞬で目の前から消えた。
風圧で俺の髪がふわりと浮く。
「……え、あ!?伊作先輩!大丈夫ですか!?」
一瞬きょとんとしてしまってから、慌てて伊作先輩に駆け寄る。
こりゃダメだ。目を回して倒れ込んでる。
――ああ、またやっちゃった!
「すまんすまん!大丈夫かー?」
「げっ。七松小平太先輩……」
小声で名前を呼ぶ。駆け寄ってきた七松先輩は、ん?と首を傾げている。
「あれ、伊作に当たってしまったか」
「もう!保健委員のいる近くでバレーボールするのはやめてくださいってば!」
「だってお前達がこんなところにいるとは知らなかったから。大丈夫か、伊作?」
七松先輩は軽く言うと伊作先輩の顔をのぞき込んで、ああダメだなとこれまた軽い口調で言った。
「ま、伊作のことだから、大丈夫だろ!」
「大丈夫だろ!じゃありませんよ!」
相変わらず適当な人だな!
「ボールどこに行ったか知らないか?」
「ボールなら、伊作先輩の頭に当たってから、あのあたりの草むらに」
既に伊作先輩には目もくれず、ボールボールと言いながら俺が指した草むらに寄っていく七松先輩。はあとため息をついて、俺はもう一度伊作先輩に声をかけてみた。反応がない、ただの屍の――
「お?保健委員会の一二年生。なんでこんなところに」
「ちょ!あんた、後輩にまで!?」
七松先輩が不思議そうに言った声に振り向くと、草むらに隠れるようにして井桁模様と青色の装束が倒れていた。
「ああ、伊作に当たったボールがこの三人にも当たったみたいだな。相変わらず不運だなあ保健委員会!」
「そういうことじゃないでしょ!?」
なんで保健委員会の一二年生がそんなところにいるかもよくわからないが、七松先輩は後輩のことをもっと心配するべきだと思います!
「七松せんぱーい」
「おう!今行くー!じゃ、夢太、こいつらのこと頼んだぞ!いけいけどんどーん!」
「ああ、ちょっとお!?」
遠くで呼ばれた七松先輩が、そのままバレーボールだけ持って走り去ってしまった。遠くで四年生の平がすみません夢野先輩!と言っているのが小さく聞こえた。
「あ、相変わらずはた迷惑な人だ……」
七松先輩と体育委員会の生徒達が去っていく背を恨みがましく見送りながら呟く。
しょうがない、保健委員の彼らを医務室に運び込まなければならないな。
――面倒くさい。
保健委員会の一二年生が倒れているところに駆け寄って、声をかける。
「おい、大丈夫か?」
「うぅ……」
なんとか一人は無事らしい。軽く頭を振って俺を見上げた。井桁模様の装束、一年生だ。
「あ、夢野夢太先輩……」
「残りの二人は気絶してるか?」
「えっと、そうみたいです……」
その答えにはあとため息をつくと、一年生は苦笑した。
「なんで三人はこんなところに」
「えっと、それはー……」
言いづらそうに目を逸らすのを見てため息をつこうとした時。
「――おーい!大丈夫ー!?」
と、声が聞こえて飲み込んだ。見ると萌黄色の装束を着た三年生が、心配そうな顔で走ってきた。
――あ、数馬だ。
「数馬先輩……」
「あ、伏木蔵!他の二人は?」
「七松先輩のバレーボールに当たって、気を失ってます……。僕は最後に当たったのでそこまでの衝撃じゃなくて」
「ああ、そっか……困ったなあ」
数馬は言いながら眉を下げた。俺はそれを見ながら、ぼうっとしてしまっていた。
――数馬、久しぶりに近くで見たかも。
「夢野先輩、すみませんご迷惑を……」
「えっ?いや、別に迷惑とかじゃ……」
数馬が申し訳なさそうに謝るので、否定する。
「ちょうどいいや、数馬も手伝ってよ。伊作先輩とこの二人を医務室に連れていかないと」
「あ、はい!」
伊作先輩のところに戻って、ぐったりしている身体を背負う。あまり頭を動かさないように気をつけて。
――ああ、申し訳ない。伊作先輩。
「夢野先輩、残りの二人が目を覚ましました」
「ああ、そうなの。よかった」
戻ってみるとさっきまで倒れていた一年生と二年生が起きていて、眉を寄せて頭を振っている。
「じゃあ、俺は伊作先輩を連れていくから、三人は自力で歩ける?」
「は、はい」
「大丈夫です……」
起きたばかりの二人が頷くので、医務室に向かって歩き出した。
「あっ夢野先輩、ありがとうございます」
「いいよ、一応俺も保健委員だし」
数馬が慌てて言うので、そう返す。数馬はまたありがとうございますと小さく笑って俺の斜め前に出て歩き出した。後ろから一二年生がついて来る。
――数馬と一緒にいるなんて、本当に久しぶり。
と思った瞬間。
「わあっ」
『か、数馬先輩!』
斜め前を歩いていた数馬が消えた。声をあげて落とし穴に落ちたのだ。目印見ろよ、目印!
「数馬先輩大丈夫ですかー?」
「う、うんーなんとか」
穴をのぞき込んだ伏木蔵と呼ばれた一年生に、数馬がへらりと苦笑して応じた。
「相変わらずだな……自分で出てこれるか?」
「あ、はい!大丈夫なので!あの、四人は先に行っててください」
数馬がそう笑った。
「え、でも……」
「わかった」
「え!夢野先輩っ?」
なんの躊躇いもなく頷いた俺に、一二年生三人が驚いた顔をした。数馬はへらりと苦く笑った。
「すみません、ありがとうございます」
行くぞと声をかけて三人を促して歩き出すと、三人は少し戸惑いながらついて来た。
「あ、あの!なんで数馬先輩助けてあげないんですか!」
一年生の、伏木蔵と呼ばれたのじゃない方が言った。
「だって数馬がいいって言ったから」
「でも、あの穴深かったし……」
「しょうがないでしょ」
戻るつもりがないのも、俺が少し不機嫌なのもわかったようだ。ぴしゃりと言ってやると、三人は口を噤んで顔を見合わせた。
――俺だって、なんの抵抗もなく数馬を放ってきた訳じゃないんだから。
――俺が助けようとした方が、もっと悪い結果になるかもしれないんだから。
――ああ、またやっちゃった。



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