不運!-2



僕が忍術学園に入学したての一年生だった頃。
僕は保健委員会に配属された。先輩方や同級生も、みんな優しい人達ばかりで、とても雰囲気の良い委員会だった。
――ただ、事あるごとに僕の存在は無視されたけど。
「それじゃあ、担当の日にちはこれでいいかな?」
『はあい』
保健委員会では一月に一度集まって、一ヶ月の日々の当番を決める日がある。委員長が紙にまとめた表に、僕の名前が載っていることは少なかった。言いだそうにも、もう解散の雰囲気が出来上がっていて、なんだか言い出し辛い。そうして一ヶ月仕事が無い月もあった。
――それはその年の秋のことだった。今でもまだ覚えている。
この日も僕の名前はその表に載ってなくて、また仕事の無い一ヶ月になるのかと落胆していた時だった。
「――先輩、三反田数馬の名前が無いんですけど」
どこか不機嫌そうな声だった。その場のみんなの視線が彼に集まった。その人は声と同じく不機嫌そうな顔をしていた。僕より二学年上の、三年生の先輩。保健委員会の生徒には珍しく、いつも不機嫌そうにしている怖い先輩だという印象があった。
彼はサボり癖があるようで、この話し合いに参加したのは、僕が入学してからこの時が初めてだった。それでも毎回名前を入れられているから、僕よりはきちんと仕事をしていると言えるかもしれない。
「三反田?」
「ホントだ、名簿に載ってる」
「あれ?おかしいな」
先輩方が首を傾げながら、僕の名前を何処に入れようかと話し合い始めた。こんなことは初めてで、僕は目を丸くしたまま医務室の一番端っこで身を固くしていた。
一年生が担当の日に一緒に入れておこうということに決まって、僕の名前はぞんざいに表に記された。その表は医務室の壁に貼られる。
解散してみんなが部屋を出ていくのを避けて、表の貼られた壁に寄った。学年の順番に名前が書き込まれた表の、六年生の下に書かれた名前をまじまじと見る。話し合いが終わった後になって名前を書き足されるとこうなるのかと感慨深く、ぞんざいな扱いなのにも関わらずなんとなく嬉しかった。
「……おい、三反田」
「はっ、はい!」
不機嫌な声。はっと慌てて振り向いた。やはりあの三年生だった。不機嫌そうに目を釣り上げている。顔立ちが整った人だと以前から思っていて、その綺麗な顔が怒った風に自分に向けられているのが少し怖くなった。
――何か怒らせるようなことしたかな。
「お前さ、なんで何も言わなかったの」
「へ?」
「表に名前が無いのに何も言わないし、それに先輩が気づいても何も言わない」
――あれ、この先輩は僕に気づいてたの?
てっきり名簿に載ってる名前が表に無いことに気付いて指摘しただけだと思っていたのに。
そういえば、先輩方が僕の名前を勝手に表に記入していた時、なんとなく驚いた風に目を瞬かせていたような。
「俺は話し合いに参加しなくても勝手に仕事させられるのに、なんでお前は仕事ないのかって偶に思ってたけど」
「それは……すみません……」
「別に。前は気に入らなかったけど、今日見ててわかった。あれは先輩方も悪い」
謝ると、そんな風に返された。先輩方が悪いなんて、そんなこと。困惑して顔を上げると、彼は相変わらず眉をひそめたままだった。
「でも、お前も悪い。気付かれないなら声出さなきゃだろ。なに、仕事しなくていいからラッキーとか思ってる?」
「そ、そんなこと!」
「だったら自分で言いなよ」
彼はそう言って、不機嫌そうな顔のまま医務室を出ていった。
――三年は組、夢野夢太先輩。
僕はしばしその場で呆然としていて、ああ御礼を言わなくちゃと気付き、慌てて医務室を出ようとしたら畳の縁に引っかかって転倒し、やっと医務室から出た時には、既に夢野先輩の姿はなかった。

「五年は組の夢野夢太だよ?言ってなかったっけ」
『聞いてません!』
伊作先輩の言葉に、残りの全員で反論した。伊作先輩は苦笑しながら眉を下げた。
「そっか、言い忘れてたかな」
「夢野先輩って、確かに四年生の途中までは見ましたが、五年生になった時に辞めたのだとばかり思ってました」
左近が言った。僕も同じように思っていたので、隣で頷く。
「五年生の夢野先輩って言うと、あのくの一教室人気一番っていう……?」
「これは事件だよ……保健委員の生徒がそんな幸運持ちだなんて……」
一年生の二人は夢野先輩と会ったことがないのかもしれない。左近もおそらくほとんど一緒に仕事をした経験はないだろう。
――夢野先輩は、去年の夏頃までは、一応度々委員会に顔を出していたのに、ある時からぱったり医務室に寄り付かなくなってしまったのだ。
「幸運持ちかあ……どうなんだろう……」
「そうだ!そんな幸運な先輩がいるなら、委員会に来てもらったら不運が紛れるかも!」
「おお!」
乱太郎の思いつきに、左近と伏木蔵が目を輝かせる。
伊作先輩はそれを見て、なんとなく困ったような顔をしていた。
「伊作先輩、どうかしましたか?」
「ああ、いや……どうなんだろうなあって……」
「と言うと?」
尋ねると、伊作先輩はうーんと考え込んでしまった。
「……まあ、いっか」
「ええっ、なんですかそれ!」
腕の力が抜けてしまい、正座していた上半身がかくっと傾いた。それを見て伊作先輩があはは、と笑った。
「今度の週末の遠足、是非夢野先輩もお誘いしましょうよ!」
「遠足じゃないけど……まあねえ、そうして欲しいのは山々だけど」
乱太郎の言葉に、伊作先輩が苦笑した。
「数馬先輩も、夢野先輩に来て欲しいですよね!」
「ぅえっ?」
突然話題を振られて変な声が出た。
――夢野先輩かあ。
「……そりゃあ、来て欲しいけど……」
「じゃあ、みんなで頼みに行きましょ!」
どうやら、そうなったらしい。



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