黄昏時へ-5



目を開けると、障子の向こうから薄明かりが漏れていた。朝かもしれない。そうだとしたら、これも違う。
布団から身を起こすと頭がくらくらした。右手を頭に当てながら立ち上がった。ふらつく足元のまま、障子を開いた。

空が、薄暗い。薄暗い紫色。ああ、大丈夫。
――ここには、夢太がいる。

ふらふらした足取りで部屋を出た。さて、夢太はどこに。起こしてあげないと、彼が夕飯を逃してしまう。

図書室に行った。夢太はいなかった。
中庭に行った。夢太はいなかった。
教室に行った。は組の教室にもろ組の教室にも夢太はいなかった。
門の前に行った。夢太はいなかった。
校舎の裏に行った。夢太はいなかった。
夢太の部屋に行った。夢太はいなかった。
食堂に行った。夢太はいなかった。代わりに何人かの生徒が僕を見てぎょっとした顔をした。――あれ?

「雷蔵!」

――ああ、違う!これも違ったんだ!

僕は食堂を飛び出した。地面がふわふわした感覚。頭がくらくらする。もう嫌だ。
――夢太がいない場所なんか。
「待て雷蔵!」
腕を掴まれた。振り払おうとしたけど力が入らず、その上足の力が抜けた。ふらっと廊下にへたり込んだ僕に、慌てて兵助と勘右衛門が顔をのぞき込んできた。
掴まれていた腕が放されて、その犯人が僕の前に進み出た。予想はしていた。三郎だった。
「雷蔵、大丈夫か」
「大丈夫だから早く部屋に戻るの」
「大丈夫じゃないな」
八左ヱ門が不機嫌な声で言った。
「雷蔵、もうやめようよ。そんなことしてても意味ないでしょ」
勘右衛門が訴えるように言う。い組の二人は泣きそうな顔をしている。ろ組の二人は怒った顔。

どっちでも関係ない。これは違うという証拠になるだけだ。言葉も。

「どいて。部屋に戻って寝るの」
「もうやめろってば!お前、どれだけ眠れば気が済むんだっ」
三郎が声を荒げた。
どれだけ眠れば、か。
「……夢太が起こしてくれるまで」
また誰かが息を呑んだ。
勘右衛門が眉を寄せた。
「夢太は、もう……」
八左ヱ門が顔をしかめた。
「雷蔵、目を覚ませよ」
そして続けた。
「――夢太は、一週間前に死んだ」

「夢太のいない現実なんか嘘なんだから、ほっといてよッッ!!!!」

四人の顔が強ばったのを見て、僕はまた立ち上がって駆け出した。

夢太のいない現実なんか関係ない。もうそこにいる必要なんかありえない。
だって彼がいないのに、どうして生きていけると言うのだろう。

部屋に戻ろうとしたはずが、いつの間にか外に出てきていた。いつの間にか山道を歩いていて、あそこに向かっているのかとぼんやり気づいた。
森に入ってしばらく行って、足が止まった。
見上げると、薄暗い空が見えた。一番星が、夢と同じ場所で輝いている。
――そうだ、七夕には一緒に天の川を見るって約束した。
思い出して、その場に座り込んだ。
――夢太、七夕は過ぎてしまったよ。君が起こしてくれないからだ。
――君が僕の声でしか起きなかったように、僕も君の声でしか起きたくなかった。

「……眠い」

呟く。
一週間眠っていた。まだ眠い。まだまだまだ。

これは、違う。

* *

――今回は、夢太の部屋だった。

薄暗く照らされた部屋の中に、夢太が布団に潜って眠っていた。
顔は見えない。しろいぬの。
部屋にいた数人の生徒が、僕を見てから視線を交わして立ち上がった。そのまま部屋の外に出ていった。
二人になった部屋で、夢太の布団の隣に座る。

「夢太」

名前を呼んだ。

しばらくして僕は夢太の部屋を出た。
そしてそのまま僕の部屋に戻った。三郎がいた。三郎は僕の顔を見て、部屋を出ていった。
畳に座りこんで、膝を抱えて、窓の外を見た。

東は藍色、西は赤色。その間は薄暗い紫色。

これは違う。
夢太が僕の声で起きないなんて。

これは違う。これは、現実ではない。

そして僕は、夢太が僕の声で目を覚ます世界を求めて目を閉じた。

黄昏時へ、本当の君に会いにいく
[あとがき]



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