黄昏時へ-3



「雷蔵!」
八左ヱ門が怒った顔をしている。
これは違う。
「雷蔵!この馬鹿野郎!」

* *

ふあ、とあくびをした三郎が、僕の顔で笑った。
「何やってんだ雷蔵、早く起きろ」
これは違う。

* *

――今回は、裏山だった。

薄暗い空の下、裏山の森は真っ暗だった。
夢太があっと声を上げた。
「雷蔵、見て、一番星」
「ああ、本当だ」
夢太が人差し指で指した先には、一つだけ輝く星があった。周りにはまだ星はない。一番星。
「もうすぐ七夕だなあ」
「そうだね」
じわりと汗がにじむ季節。でもまだ夜は涼しい。
「雷蔵、今年の七夕は一緒に天の川を見に行こう」
「見に行く?学園でも見れるでしょ」
「もっと綺麗に見える場所があるんだ。一緒に行こう。教えてあげる」
夢太が秘密を教えるように、僕の耳元で囁いた。
くすぐったいと笑うと、夢太がふわりと笑った。
「じゃあ、行こうか」
「やった」
夢太が嬉しそうに笑った。

* *

三郎と八左ヱ門が揃って僕の顔をのぞき込んだ。
二人とも怒った顔で口を開こうとした。
これは違う。

* *

――今回は、校舎の裏だった。

薄暗い空を揃って見上げていると、夢太が言った。
「雷蔵、俺はこの時間の空が一番好きなんだよ」
「なんで?少し気味悪くない?」
東は藍色、西は赤色。その間は薄暗い紫色。
「気味悪くなんかないだろう。綺麗じゃないか。色の変わる様。雲だけまだ明るい橙を残しているところも、なんか良いだろ」
「うーん。はっきりしない色だと思うなあ」
「雷蔵がそんなこと言う?」
「どういう意味?」
いつも優柔不断ではっきりしない僕のこと。知っているし、それを夢太が嫌っていないことも知っている。だから怒ったような声を出しながら、本当は全然怒っていない。
「雷蔵はすぐに迷うから」
「そういうの、嫌?」
「全然。慎重に迷ってる雷蔵の顔が好き」
夢太が微笑んだ。
「だからこの空が好き。雷蔵みたいに、繊細に色を変えていくこの空が好き」
「……ふうん」
もう一度空を見上げた。先ほどよりも赤が少なくなっていた。この時間の空はすぐに色が変わる。
「でも、夢太はこの時間はよく寝てるじゃない」
「いやあ、大好きな空を見ながら寝ると、すごく気分がいいんだよ」
夢太はそう言って、僕の方を見た。
口を開いたのが見えた。

――ああ、待って!覚めないで!

* *

新野先生が僕の顔をのぞき込んでいた。
「不破くん、体調はどうですか」
これは違う。

* *

三郎と八左ヱ門と兵助と勘右衛門と僕が、青空の下、縁側に並んでお喋りしている。
これは違う。

* *

月が輝いている。三郎と目が合った。
これは違う。
「お前はいつまで」

* *

勘右衛門が歩いてくる。勘右衛門が笑って手を挙げたので、僕もそれに返そうとして。
これは違う。
「そろそろ時間だ」

* *

――今回は、教室だった。

薄暗い教室には誰もいなかった。僕と夢太以外は誰も。
夢太はいつになく真剣な顔をしていた。
彼の顔が近づいて、僕はゆっくり目を閉じた。

* *

兵助が私服で廊下を歩いてきた。
これは違う。
「現実を見ろ」

* *

梟の鳴く夜。額の汗を拭う。
これは違う。

* *

八左ヱ門が振り返った。足元の狼の頭を撫でている。
これは違う。
「目を覚ませ」

* *

明るい赤色の空。
これは違う。

* *

――今回は、門の前だった。

薄暗い周囲の色から一段と暗い、正門が作る影。
夢太がそこに立っていた。
「じゃあ、行ってくるな」
「……」
「雷蔵、どうした?」
夢太が不思議そうにした。僕は何も言えずに夢太を見つめていた。
「お土産に何か欲しいのか?」
冗談っぽく言った。僕の顔は依然曇ったまま。
「……行かないで欲しいって言ったら、どうする?」
尋ねた途端、夢太は困ったような顔をした。
「……ごめんな、それは聞けないな」
「……そうだよね」
「代わりに、ちゃんと帰ってくるよ。天の川見るって約束もあるしな」
「そうだよ。明後日だよ」
「わかってるって。大丈夫」
夢太は軽く笑った。今回の忍務は少し難しいと言っていたのに、余裕そうだ。
何を不安に思っていたんだろうと思った。
「……気をつけて」
「おう」
夢太が微笑んだ。
「――大好きな雷蔵を見ながらって約束もあるしな」
――俺が死ぬ時は雷蔵の顔を見ながらがいいな。

――ああ、さっきの夢の続きだ。覚めてしまった、夢の。


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