黄昏時へ-2



――今回は、教室だった。

薄暗い教室の黒板の前に僕がいて、夢太が机についている。五年は組の教室。
黒板の前に座って夢太を見ていると、かくりと夢太の首が船を漕いだ。ため息をつく。
「こら、夢太」
「あ」
びくりと肩を震わせて、夢太が僕を見上げる。そして苦笑した。
「ごめん雷蔵。眠くて」
「いつも変な時間に寝てるからだよ」
「いつもならこの時間は夢の中なんだよー……」
夢太は言って、机にぐだっと伏せた。手に持つ本の角で殴ろうかと思ったが、思いとどまって本の表紙でぱしぱしと叩いてやった。
「ほら、続きやってよ」
「ううー眠いー」
「頑張って。明後日補習なんてなったら許さないよ。僕と町に行く約束でしょ」
そう言うと夢太は顔を僕に向けて、へらっと笑った。
「そうだった。ちゃんとやんなきゃ」
「そうだよ」
よしっと夢太は気合を入れ直すように声掛けして身を起こした。それから問題を見て、眉を下げて僕を見た。
「ねえ、これなに?」
「んー、ああ、はいはい」
問題を一度見て、僕は立ち上がってチョークを手にとった。

* *

「雷蔵」
三郎が僕の名前を呼んだ。なんでか泣きそうな顔をしている。
「雷蔵、そろそろ」
これは違う。

* *

井戸にいた。顔を洗ってから空を見ると、少し白っぽい朝の青空。
これは違う。

* *

――今回は正門の前だった。

薄暗い正門の前で、夢太が振り返った。僕の顔を見て小さく笑い、手を伸ばした。
「そんな不安そうな顔するなよ」
そう笑って、僕の頭をぽんぽんと叩いた。
「お土産持って帰ってきてやろうか」
「敵の城の土産って何だよ」
「んー。なんでも。貴重な巻物?武将の刀?」
「いらないよ、別に」
「じゃあ何が欲しい?」
「君に帰ってきて欲しい」
夢太はにっこりと笑った。
「わかった」

* *

明るい教室。これは違う。

* *

「雷蔵!」
「雷蔵!」
兵助と勘右衛門が同時に僕の名前を呼んだ。
これは違う。

* *

「不破、少し外に出たらどう?」
善法寺先輩が眉をひそめた。
これは違う。

* *

――今回は、図書室だった。

薄暗い図書室で、一人の忍たまが机に突っ伏して寝ていた。
受付に座る久作が、僕を見た。久作は井桁模様の装束を着ている。
僕はその忍たまを見て、眉をひそめた。
彼はよく図書室に出没しては、本を読むでも借りるでもなく、ただ隅の机の端で寝ている。特に僕がいる時によくいる、とは中在家先輩の談。
「――」
久作が何か言った。
「ううん。違うよ。隣のクラスの奴」
「――」
「多分違う。聞かないもの」
「――」
「さすがにそれは知ってるけどね」
久作の質問に答えながら、どうしようかと顎に手をやる。
鐘が鳴った。もう図書室を閉めなければならない。
久作が受付から出てきて、忍たまの肩を揺さぶった。しかしまったく動かない。テコでも起きそうにない。
「夢野くん、起きて」
忍たまの名前は夢野夢太と言った。一応同じ学年だから、顔と名前くらいは知っている。
「――」
「いや、そんなことで委員長呼ぶのもね」
「――」
「うーん」
久作が不機嫌そうだ。しかし委員長も忙しいのだから、図書室で寝こけてる生徒がいるってだけでお呼びだてするのも。
「夢野くーん。夢野夢太くん」
「ん……」
え、と思った時には夢野夢太はうーんと伸びをしていた。今までまったく起きる気配はなかったのに。
「お、おはよう」
「あ、不破くん、おはよう」
「――」
「はは、そうだね。おはようの時間じゃないよね」
久作の言葉に軽く笑った。夢野夢太は首を捻って筋を伸ばすようにしてから、また僕の方を見た。
「やっぱりここで寝るのがいいかも」
「ちょ……迷惑だよ」
「だって、他のとこで寝てたら夕飯食べ損ねるんだよね」
夢野夢太はそう言って笑った。
「ここなら不破くんが起こしてくれるからね。なんか、俺不破くんに名前呼ばれるとすぐ起きられる」
彼に告白されて恋仲になったのは、この日から二週間後だった。



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