02-3



――『やっぱり仲良くなるには名前呼びだろ!』
――『そうか!よし仙蔵、ちょっと行って名前で呼び合おうって言ってみろよ!』
――そんなこと簡単に言えるかっ!!
結局あの場の六人はまったく当てにならなかった。しばらく顔を突き合わせて考えていたが、結局面倒になったのか小平太と留三郎の無責任な言葉で終わった。全員がやっと解放される、といった安堵の表情を浮かべたのが腹立たしい。そもそも頼んでない。四半刻の話し合いでこんな提案しかできない奴らに!
しかし、確かに出会って半年間何も行動しなかったのは仙蔵である。この機会にもう少し積極的になるべきだとは思った。そういうわけで、現在仙蔵は春市に話しかけるために飼育小屋近くの長屋の影に隠れていた。
「よし行け仙蔵!」
「頑張ってね!」
そしてそこには当然のように他の五人もいた。
仙蔵がちゃんと作戦を遂行できるか確認するためらしい。作戦じゃないだろあれ、と仙蔵は思ったが、まあ色々と考えてもらったし、と甘んじて受け入れている。
そんなことよりも春市だ。現在彼は一人、生物委員会の仕事で犬達に餌をやっていた。ふんふん鼻歌を歌いながらの様子は、随分ご機嫌そうだ。
――声をかけるなら、今しかない。
彼が誰か他の友人と一緒であれば話しかけるなんてとても出来ない。仕事が終わればすぐに友達と遊びに行ってしまうだろう。彼が一人でいるのは今くらいだ。
――って、そろそろ四半刻近く隠れているわけだが。
他の五人も大分だれている。さっきから面倒くさそうに行けるって大丈夫だってとうんざりした声で言い始めた。嫌ならどっか行ってればいいだろと言うと、そうしたら仙蔵が逃げ出すから、とはっきり言われた。自覚はあるのでなんとも言えない。
「あっ!仙蔵まずいぞ!仕事終わったみたいだ!」
「えっ」
文次郎の言う通り、春市は餌箱を片して犬達に二言三言声をかけてから立ち上がった。
「もういいから早くいけ!いけいけどんどんだ!」
「え、なに、ぎゃあ!」
何言ってんだと言おうとしたが、小平太に予想外の怪力で突き飛ばされて無理だった。なるほど陰で暴君と囁かれる男は伊達じゃない。
「お前……!」
「あれ?立花くん?」
文句を言ってやろうとした時、不思議そうな声に名前を呼ばれて仙蔵はぎくりと身を固くした。
「こんにちはあ。何してるの?」
「え、や、何というか!」
春市がにこにことこちらに歩いてきたので、仙蔵は慌てて取り繕う。春市は少し首をかしげたが特に気にした様子はなく、そっかあと言って笑った。
「僕は犬さん達にご飯あげてたの」
「そ、そうなのか」
四半刻くらい見てましたとは口が裂けても言えない。とんだ変質者だ。というか、犬さんって。なんだか違和感のある言い方だが、春市の柔らかい声で言われるとあまり気にならない。
「えっと、動物好きなのか?」
「え?」
とにかく話を繋がないとと話を振ると、春市は不思議そうにしてから笑って答えた。
「うん、好きだよ。立花くんは?」
「私は……普通?」
「あはは、そっかあ」
――あ、好きって言っといた方がよかったか?
後になって気づいたが、遅かった。やはりどうにも緊張してか、あまり頭が働かない。
「立花くんはねえ、猫さんが似合うかもね」
「猫?」
「うん。黒い猫さん?」
「黒猫って……」
――それはどういう意味だろう。黒猫ってあまり良いイメージが無いけど、印象が悪いのか?
「僕猫さん好きかも」
「そ、そうか」
――え、なに。結局私の印象は悪くないのか?どちらかというとす、かれている?いや、でも好き"かも"って。
完全に頭の回っていない仙蔵は、春市の言葉に目を瞬かせているばかりだった。

そんな二人を見守る五人は、こりゃダメだなと言い合っていた。
仙蔵が自分から会話を振ったところまでは良かった。いつになくきちんとした会話が出来ているように見えたし、春市も特に何も不審には思っていないようだった。
――それにしても、あいつもっと話を膨らませろよ!最初以降ずっと相槌だけって!
「――じゃあ、僕行くねえ」
「あっ……」
春市はそのまま手をひらりと振って仙蔵に背を向けた。
「おいおい……」
「結局いつも通りじゃねえかっ」
留三郎と文次郎が焦ったように言った時。
「ちょ、ちょっと待て!」
と、仙蔵が声を上げた。
「おお!」
「仙蔵頑張れえ……」
小平太と伊作が呟いた。
仙蔵の声に振り返った春市は不思議そうな顔をしていた。
「なあに?立花くん」
「あの、えっと、」
仙蔵は少し俯いて目をふらふらと泳がせていたが、やがて意を決して顔を上げた。
「――わ、私と勝負しろ!白石春市!」
――はあ!?
五人の心の声が重なると同時に、春市もきょとんとした顔で仙蔵を見ていた。
「お、おい!仙蔵は何言ってんだ!?」
「勝負ってなに!?留三郎と被ってるよ!?」
「それはどうでもいいだろ!」
「なんでそんな話に……」
四人はこそこそと言い合った。それを見ていた長次が一言呟いた。
「……完全に、混乱してるな」
――ああ、まさしくそんな感じだ。

――私は何を言ってるんだろう。
「えっと、なに?勝負?」
「そうだ。私はお前に頼み事があるので、勝負で勝ったら私の頼みを聞いてもらう!」
――普通に頼めばいいだろ!というか何この高圧的な言い方!白石に嫌われるだろ!
内心自分の行動にそう文句を言いながら、実際には赤い顔で春市を睨むようにしているばかり。春市は首を傾げた。
「別に、わざわざそんな風にしなくても、頼み事くらい聞くけど……」
「いや、それは公平じゃない!正々堂々勝負して勝った方が負けた方の頼みを聞くというのが、やはり公平な態度ではないかと私は思うわけだ!」
――我ながら意味がわからない。ほら白石も困った顔をしている!
「私はあまり人の頼みを聞くのは好きじゃないから、是非この方法でやろうじゃないか!」
「えっとお……」
春市は眉を下げて仙蔵の様子を見ていたが、結局そのまま苦笑して見せた。
「まあ、暇だから良いけど……」
――断られなかった!
いや断られたらその方が困るというか、そうなると完全に春市に引かれたということになるので承諾されただけ良かったと考えるべき。としても、どうしよう。なんか変なことになってきた。
「勝負っていっても、何をするの?テストとかじゃあ僕の分が悪いし」
「内容はお前に任せる!言い出したのは私だからな」
「そっか」
というか、そんなこと何も考えてないので聞かれても困る。
春市はうーんと少し考えてから、じゃあ、と言った。
「おいかけっこはどう?」
「わかった、それでいこう」
――なんでこんなことになったんだろう。
仙蔵は内心肩を落とした。


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