02-2



文次郎と留三郎はよく反りが合わずに喧嘩をする。それを仲裁する役は、よくそれぞれと一緒にいる仙蔵と伊作に任されている。そういうわけで、この四人はそれなりに一つのグループとして認知されている。学園に入学してもうすぐ一年半。仲のいい子達とそうでもない子達の線引きがなんとなくある。
だから、仙蔵がいつも遠くから彼を見ているのも、ある程度は仕方がないことだろう。仕方がないことだが……。
さっきまでの白熱した口論は一旦中断して、文次郎と留三郎はしかめっ面を見合わせた。伊作はとっくに仲裁は諦めていたので、少し安堵する。と同時に、さっきからの仙蔵の様子をやはり苦い顔で見やった。
最初は、いつも通り仙蔵も二人の仲裁に入っていた。しかし彼を見つけてはたと動きを止め、そちらをぼうっと眺め始めた。
――仕方がないことでも、ここまでぼうっとされると困る。
ついに留三郎が口を開いた。
「……仙蔵って、あいつのこと好きなの?」
「……え?」
少ししてからやっと三人に顔を向けた仙蔵。それから留三郎の言葉の意味を理解したようで、はあ!?と裏返った声を上げた。
「ち、違……!そんなことじゃない!」
「それで隠してるつもりか!?」
文次郎も思わずツッコミを入れてしまう。完全に普段の冷静さはなりを潜め、色白の顔を真っ赤にして。
「だ、から……!っあーもう!関係ないだろ!」
「ま、まあまあ、仙蔵落ち着いて!」
伊作がどうどうと静める動作を見せると、ぎろっと仙蔵に睨まれた。
「あ、すみません……」
「お前もそうやって取り乱すんだなあ」
思わず弱々しく謝る伊作と、感慨深げに呟く留三郎。仙蔵は何か言おうとしたが、結局これといった言い訳が浮かばず、深くため息をついた。
「うるさい。ほっとけ」
「いやいや」
しかし留三郎がやけに神妙な顔で首を振った。
「せっかく仙蔵がそういうことなら、俺達も手伝ってやろうじゃないか!な、伊作!」
「え、あ、そうだね!」
「はあ?」
留三郎と伊作がそんなことを言ったのを聞いて、仙蔵は顔をしかめた。それから眉を寄せて彼らをじとりと睨む。
「……お前達、何か企んでないか?」
「な、何も企んでなんか!なあ?」
「うんうん。友達の恋を応援してあげようっていう気遣い!」
「余計なお世話だっ」
仙蔵が不機嫌に言ったところで、文次郎がでも、と口を開いた。
「仙蔵、お前今のままでなんとかなると思ってんのか?」
「だから余計なお世話だと……」
「出会って半年、会っても挨拶しか交わさなければ、まともに会話をしたこともない」
ストレートに痛い所を突かれた。仙蔵がぐっと押し黙ると、ここぞとばかりに留三郎と伊作が便乗してきた。
「今のままじゃ友達にすらなれないだろ!三人寄ればなんとやら、協力してやるって!」
「お前、三人寄れば文殊の知恵すら分かんねえのか?情けねえなあ」
「文次郎は黙ってろ!」
「こら、二人とも!」
事あるごとに突っかかる。一人でそれを抑えるのもなかなか厳しいものがあるのだ。
「僕も、仙蔵には元気でいて欲しいんだよ。今の仙蔵、辛そうだよ?」
伊作が眉を下げて言った。そう本気で心配そうに言われると、仙蔵としても無下には出来なかった。
「……わ、わかった……」
その言葉に、伊作と留三郎は密かに安堵した。
――早く仙蔵と春市をもっと近づけないと、自分達の身が危険なのだ。実はそんな事情があった。

「お前が立花仙蔵かあー。よろしくな!」
「……よろしく」
「あ、ああ」
一人は明るく笑って、もう一人は無表情で、それぞれそう言った。彼らは二年ろ組、春市のクラスメイトであり、この度文次郎達三人が連れてきた"助っ人"である。
七松小平太と、中在家長次。
「よく協力する気になったな……」
知り合いの友人の恋愛相談なんて、相当な厄介事だというのに。仙蔵が呟くと、小平太はいやあ、となんとなく照れたように頬を掻いた。
「ま、こいつらには色々世話になってるから!と、長次が言ったから!」
仙蔵の手伝いをすると言い出した三人は、まずはさてどうしようかと頭を悩ませた。三人とも、ああは言っても実際に恋愛事をどうこうした経験はない。とりあえず、まずは仲良くなることから!という結論に達し、それなら春市と仲の良い誰かに取り持ってもらえないかという話になった。そうして、誰かろ組に知り合いは居ないかということになって真っ先に出てきたのが七松小平太の名前だった。
体育委員会において、去年から色々と問題を起こしているという七松小平太。彼が壊した備品の修理をするのが用具委員会、その修復にかかる費用を出すのが会計委員会、彼の暴走で出た怪我人の手当てをするのが保健委員会。そういうわけで、彼ら三人はそれぞれ小平太に対して面識があったのだ。決して良いものとは言えないが。
その話を聞いていたから、世話になってる、という言葉の意味は仙蔵にもわかった。長次に言われた、というあたり、自覚はなさそうだ。
「――で、だ。仙蔵、お前春市の何がいいんだ?」
「随分直球だな……」
小平太が一番にそう聞いたので、仙蔵は思わず顔をしかめた。
「一応言っておくけどなあ」
と、小平太は少し真面目な顔つきになった。
「あいつは結構厄介だぞ?」
「え?」
「軽い気持ちで好きだとか言うのはやめておいた方がいい」
「……もそ」
小平太の言葉に、隣で長次も頷いた。いまいち言葉の意味がわからず、仙蔵は目を瞬かせた。
「どういう意味だ?」
「んー……まあ、見た目に騙されちゃだめってことだな」
それから小平太は、あ、と呟いてじとっと仙蔵を見た。首を傾げる仙蔵に、疑うような声で小平太が言った。
「まさか、お前あいつを女だと思ってたりはしないよな?」
「あるわけないだろ」
ぴしゃりと言うと、そうかあ?と何故かまだ疑う小平太。なんなんだ一体、と仙蔵は少し眉をひそめる。
「どう見ても忍たまの装束だろうが」
「いや、でも何度か女だと思われてたことあるからな、あいつ」
「あー、ありそう」
伊作が呟く。確かに、と内心仙蔵も思った。確かに、春市は女と思われても仕方ない程には可愛らしい顔をしているのだ。
「それはともかく、あいつは実際変な奴だぞ」
「そうなのか?」
文次郎が意外そうに言うと、ろ組の二人は揃って頷いた。そんなにか。
「だから、つまりあいつの顔に絆されただけなら、下手に関わらない方がいいってこと。私達、お前に協力するというよりはそれを忠告に来たんだ」
小平太が言った。
仙蔵が目を丸くしていると、長次が呟いた。
「……あまり、甘く考えない方がいい」
――そうまで言うほど、あの白石春市という少年は変なのだろうか。
「……別に、甘く考えてるわけじゃ」
「そう言っても実際はそうでもないってこともあるだろう」
「なに?」
小平太が言った。なんとなく不満げな声。仙蔵は目を細めた。
「私達、あんまり友人を軽く見られるのは我慢ならないんでな」
「……なるほど」
――どうやらこいつは、仙蔵に春市を諦めさせたいらしい。
男が友人を好いているということに、嫌悪感を感じるのは当然だろうと思う。そこは別に構わない。しかし仙蔵が春市を軽く見ていると最初から決めてかかっているらしい、そこが仙蔵には気に入らなかった。
急に険悪な空気が流れ始めたのに、伊作が慌てる。
「ちょっと、二人ともやめなよお」
「……小平太」
長次が低い声で名前を呼んだ。小平太はちらっと長次の方を見て、ため息をついた。
「わかったわかった。煽りすぎたか?」
「あんまり仙蔵を怒らせないでくれよ」
留三郎が不満げに言ったので、小平太は手をひらひらとさせた。
「でも私の言ったことは事実だ。な、長次」
「……確かに、軽く言われるのは気に入らない」
「だろ」
ろ組の二人が言い合う。それを文次郎達が眉を下げて見ていた。
仙蔵はしばし黙っていたが、やがて口を開いた。
「……私は、軽く言っているつもりはない」
「本当に?」
「ああ」
頷いた仙蔵の目を、長次がじっと見ていた。
「少なくとも、今ここでお前達に否定された程度で壊れる程やわな気持ちではない」
「……ふうん」
小平太は小さく呟いて、長次と顔を見合わせた。
それから二人で一度頷くと、小平太はにかっと明るく笑った。
「ま、その気丈なのがいつまで続くかわからないけど、とりあえず協力くらいはしてやろう!」
「なんだその言い方。引っかかるな」
「実際あいつの本性見たらどうなるかわからんからな」
「……それまでなら、協力する」
どうやら、仙蔵が春市を諦める前提の元で、ある程度の協力はしてくれるそうだ。前提がどうも気に入らないが、春市に近づくなというようなことを言われるよりはよほどマシだろうと思っておくことにした。
「よし、それじゃあまずは作戦だな!」
と、元気良く宣言した小平太。
――そのまま六人の間には沈黙が降りた。


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