01-3



「ああ行っちゃった」
喜八郎は呟いて、一緒にいた作法委員に目を向けた。藤内はかの二人が消えていった方を心配そうに見、一年生の二人は目を丸くして顔を見合わせていた。
「一年生もすぐ慣れるよ」
「あの、本当に仲悪くないんですか?」
伝七の質問に喜八郎は頷く。
「あのやりとり、多分半月に一回くらいやってる。戯れみたいなものだと思うけど」
「そんなにやってるんですか!?」
「勝率は半々くらい?」
「多少立花委員長の方が優勢だと思いますけど」
喜八郎と藤内の言葉に、一年生ははあ、と戸惑いの声。
「代償が違うよね。立花先輩が勝ったら別に何事も無いけど」
「白石先輩が勝ったら?」
兵太夫が問いかけると、喜八郎はうーん、と少し考えてから。
「鳥の餌を食べさせられたり、首輪つけて連れ回されてたり、よくボール投げて取ってこーいってやられてる」
「うわ……」
「そんな委員長なかなか見ないから面白いよ」
「そんな立花先輩見たくないです!!」
伝七が叫ぶと、喜八郎はそう?と首を傾げた。
「白石先輩って、立花先輩のことペットだと思ってる節あるから……」
藤内が苦笑。彼はこの件に関してはもう諦めているのだった。
「やっぱり仲悪いんじゃないですか?」
兵太夫が尋ねると、喜八郎はううん、と尚も首を振る。
「考えてみなよ、あの立花仙蔵がそんな扱いされて相手を塵にしないって事実」
「あ」「……確かに」
一年生がはっとしたように呟いた。喜八郎は一つ頷いて、文次郎や生物委員の一年生達のところに戻ってきた春市を見やった。
「あれに片想い歴五年なんだから、立花先輩はもしかしたらSじゃなくてMなのかもしれないね」
『……え!?!?』
兵太夫と伝七の驚きの声が上がった。

逃げられたあ、と残念そうに戻ってきた春市は、先ほどのような狩りの目をしていなかった。不満そうに口を尖らせていたが、すぐににこりと笑って一年生四人に声をかけた。
「じゃあうさぎさん達におやつあげに行こうか」
「あの、白石先輩……」
「なに?孫次郎」
孫次郎は少し言いにくそうに口ごもった後、小さい声で尋ねた。
「なんで立花先輩に嫌がらせ、というか……」
春市はその問いにきょとんとした。先ほどまで、もしかして彼はあれを嫌がらせだと思っていないのではと話し合っていた彼らは、やはりそうなのかとなんとなく安堵する気分になった。
どちらにしても相当質が悪いが、無自覚ならしょうがないと言えないことも――
春市はにこっと笑って見せた。
「……うさぎさんのとこ行こうか」
『え!?』
ちょっと先輩!?という一年生達の呼びかけにけらけら笑いながら、春市はそのまま小屋の方に歩いていってしまった。
「まあ、心配するな」
文次郎が少し困ったような顔で言ったのを四人が見上げる。
「そこは俺達にも何も言わないからな。少なくとも、ああいう対応をするのは仙蔵相手だけだ」
「そういう問題ですか……?」
一平が眉を下げて言ったが、文次郎は困った顔をするばかりで、結局そのままどこかへ行ってしまった。
四人は少し青ざめた顔を見合わせ、誰ともなくため息をついてから小屋に移動し始めた。背負っている野草の籠が肩にのしかかるように重く感じる。
「――ね、虎若」
「なに?三治郎」
「白石春市先輩って、優しい人だよね……?」
「……た、多分」

優しい人と縄
[あとがき]



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