01-1



「それじゃあ、これからうさぎさん達のための野草摘みを始めるよ〜」
『はあい』
一年生達が声を揃えて返事をしたのを聞いて、春市はにこにこと笑って頷いた。
「みんな自分が担当する野草の見た目は頭に入ってるね?似ているけどうさぎさんが食べられないようなものもあるから、ちゃんと確認するんだよ。籠一杯に集めようねえ」
春市はのんびりとした口調で言ってから、それじゃあ始め、と宣言した。僕はあっちの方見てくるね、と四人に告げて、その場を離れていった。頭の上で結っても腰あたりまで垂れるふわふわした髪がご機嫌に揺れる。
「虎若、あっちに行こう」
「うん」
三治郎と虎若は二人で連れ立って歩き出した。既に一平と孫次郎はそれぞれ思い思いの場所に向かっていった。
「――白石春市先輩ってさあ」
「ん?」
三治郎が自身の委員会の委員長の名を出したので、虎若は首を傾げた。
「すごく優しいよねえ」
「ねえ。生き物達もみんななんとかさん、って言うし」
「名前でも、ジュンコちゃんとかキミコちゃんとか呼ぶもんね」

作法委員会の全員で町に買い出しに出て帰ってきた時、委員長の仙蔵がふと立ち止まった。
「どうしました?委員長」
「いや、まあ面白そうなものが」
仙蔵はくすりと笑って、進行方向を変えて歩いていった。
不思議に思ってそれを観察する藤内と兵太夫、伝七の三人。喜八郎はいつものようにあらぬ方を見やっているだけだった。
「潮江先輩だ」
「また鍛錬してらっしゃるみたいですね」
藤内の呟きに、伝七が頷く。
仙蔵が向かった先には、左腕だけで腕立て伏せをしている文次郎の姿があった。いつも通り、暇つぶしに鍛錬をしているのだろう。
はて、あれの何が面白いのか?
様子を見守る三人は首を傾げる。
「……文次郎、精が出るな」
仙蔵は普段通りの様子で近づいていく。文次郎はその声で相手がわかったようだった。
「ああ、仙蔵か――ぅおっ!?」
急に背中に圧力がかかり、文次郎は危うく地面にべしゃりと倒れ込みそうになった。
「おい仙蔵!!」
「随分楽そうにしていたからな。それでは鍛錬にならんだろう」
「だからってクラスメイトの背中を踏みつける奴があるか!!離れろ!!」
「ははは」
文次郎が声を上げて非難するのもお構いなし。仙蔵は楽しそうに笑いながら、さらに文次郎の背に載せる足に力を入れた。
「ああ、そういうことか……」
「立花先輩相変わらずですねえ」
藤内はため息をつき、兵太夫と伝七は苦笑した。
「仙蔵!これでは腕立て伏せが出来ないだろうが!」
「なんだ?お前の腕力はこんなものか」
「うるせえ!」
「ほら、腕立て伏せなんだからちゃんと腕を伸ばせ」
「伸ばさせる気ねえだろうが……!」
背中を踏まれて圧力をかけられ、曲がったままの左の片腕。体を支えるのがすごく辛そうだなあ、と遠目に見ている三人は文次郎に同情する。
「委員長って、なんというか、たまに悪戯好き、というか……」
「Sっぽいよねえ」
「綾部先輩!せっかく伝七がぼかして言ったのに!」
喜八郎は藤内に諌められても知らん顔で、仙蔵と文次郎の方をぼうっと見ていた。
「そんなこと言ったら立花先輩に怒られますよお」
「バレなきゃいいんだよ」
喜八郎はしれっと言った。
「実際みんなそう思うでしょ」
「もー」
「まあ、そうですけどね〜」
兵太夫が笑った。伝七はそれに眉をひそめつつ、まあ、と曖昧に返事をした。
「藤内もそう思うでしょ?」
「え、いや、別に、そんな……」
と言いつつ、藤内は目を逸らした。
「立花先輩って特に六年生にはあんな感じだよね」
「同級生だから、気兼ねもないんだろ」
兵太夫と伝七がそう言い合っているのを横目に、喜八郎は遠くにある人物の存在を認めて、あ、と呟いた。
「白石春市先輩だ」
「白石春市先輩?」
喜八郎の言った名前に、兵太夫と伝七は首を傾げた。
「あれ、知らない?」
「名前は知ってますよ。生物委員会の委員長をしている、六年生の先輩ですよね」
「ああ、二人はまだちゃんと会ったことないか」
藤内の言葉に、一年生二人は同時に頷く。
「――じゃあ見てたらいいよ。面白いことになるから」
喜八郎が淡々と言ったので、二人は顔を見合わせた。


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