07-12



「仙蔵くん、ごめんなさい」
春市は本当に申し訳なさそうに眉を下げた。
「……なにがだ?」
仙蔵が不思議そうに首を傾げた。春市はそれを見て少し苦笑すると、登っていい?と尋ねた。頷くと、ひょいと塀の上に登って、仙蔵の隣に腰掛けた。
「あの子も言ってたけど、色々と言葉が足りなかったみたいだ」
春市が満月を見上げて静かに言う横顔を、仙蔵はまだ不思議そうに見ていた。
春市はしばらく何も言わず、仙蔵もなんとなく黙っていた。やがて春市がふうと息をついて、仙蔵の顔を見た。仙蔵はずっと彼の方を見ていたので、二人の目がばちりと合った。
そして春市は、目が合ったことに狼狽える仙蔵の首元に手を伸ばし、指先でちょこんと傷に触れた。
「仙蔵くん」
困惑する仙蔵に声をかけた春市は、なんとなく緊張した顔をしていた。
「――好きです」
――……え?
突然のことで固まる仙蔵を他所に、春市は表情をへなっとさせて、そのまま仙蔵の首を撫でながらぼんやりした声で続けた。
「あーあ、言っちゃった。ごめんね、困るよねえ。でもさあ、そろそろ辛抱ならないよ。つい言っちゃった。満月のせいかも、なんて白々しいかなあ」
「ちょ、ちょっと待て!」
仙蔵が慌てて声を上げると、春市は口を閉じて苦笑した。
「お前、今のはどういう」
「一世一代の告白ってやつだね」
おどける様な口調で言いながら手を引っ込めた春市の顔は、月明かりの下でも真っ赤。それから呆然と見つめてくる仙蔵を、むっとした顔で軽く睨んだ。
「なんで無言なのさ。何か言ってよ」
「え、いや、その……」
「どうせ衆道なんてとか思ってんでしょ」
春市はそう言ってから、眉を寄せて仙蔵から目をそらした。
「そりゃあ、おかしいに決まってるけどさ。でもそんなのしょうがないっていうか、好きになっちゃったんだから仕方ないっていうか」
「待て待て!お前本当に言葉が足りない!」
「えー!何でさー!」
春市は不満げに仙蔵の顔を見た。そこではたと言葉をやめて、首を傾げた。
「仙蔵くんなんか顔赤い?」
「うるさい!今そこは指摘するな!」
普段の彼らしからぬ慌ただしさで仙蔵は顔をしかめた。目を瞬かせる春市に、仙蔵は一旦落ち着こうと息を吸って、吐いた。
「えっと、つまりどういう事だ?告白ってなんだ」
「何回言わせる気?仙蔵くんが好きなんだってば」
「そ、それは、友人としてか?」
春市は顔をしかめて、苛立たしそうに言った。
「……仙蔵くん、嫌ならそう言えば?」
「そうじゃない!!」
しかし即座に否定が返ってきて、春市は目を丸くした。さっきの春市と同じか、色白な分それ以上にも思えるほど顔を赤くした仙蔵は、怒ったような言い方で続けた。
「なんで急にそんなことになるんだ!?今までにそんな素振り全く無かっただろ!」
「隠してたんだから、当然でしょ」
「じゃあ、あのお願いは?あのくのたまの告白を承諾しろって」
「ああ、あれは手違い」
「はあっ?」
さらっと答えたので、仙蔵はぽかんと口を開いたまま言葉をやめた。
「よく思い返したら、僕仙蔵くんにちゃんとお願いの中身言ってなかったね。はっきり言ったと思ってたんだけど、お互い誤解していたねえ」
「……ということは、つまり……」
「僕、仙蔵くんに告白を断ってってお願いしたかったの」
春市に明かされた事実。仙蔵はしばらく呆然としていたが、やがてはああ、と深いため息をついて項垂れた。
「なんだそれ……なんのために私はあれだけ悩んだというんだ……」
「それについては本当に申し訳ないよー。さっきも謝ったけど」
「そういう謝罪だったのか……」
あんなに真剣にされるお願いなんて、さぞ酷い無理難題だろうと思っていた。そもそもなんで春市は仙蔵が告白を承諾すると思っていたのかも謎だ。いつも告白に見向きもしてないことは、気づかれていなかったのか。
「それと、誤解で怪我させてしまってごめんなさいって」
「ああ、これか……」
そういえば包帯を解いたままだったと思い出して、仙蔵は元のようにそれを巻き直した。春市はそれをじっと見ていたかと思うと、小さな声で言った。
「……それ、治らないの?」
「……いや、まあ、大丈夫だろ」
心配そうな声色だったので、誤魔化してしまった。その直前にくのたまに対して適当に答えておきながら。
「そう?……まあ、別に残っててもいいけど」
「それはお前が言うことじゃなくないか?」
「いいんだよ。僕は気にしないし、僕以外の人が気にしても関係ないから」
仙蔵が首を傾げると、春市はにっこりと笑った。なぜこのタイミングで、と思った時。
「告白したからには仙蔵くんはどうやっても僕のものだからね――地の果てまで追いかけるから」
――怖いわっ!!
春市が執念深い質であることは百も承知である。狼は狩りをする時は体力勝負で、相手が疲れ果てるまで追い掛ける。こいつにそういうところがある事は、何十回とおいかけっこを続けてきた仙蔵には骨身に染みている。
「……相変わらずだな」
「逃げなければいいよ。仙蔵くんが僕から離れなければ何もしない。まあ、その素振りを見せた瞬間アウトだけど」
「そんなことにはならない」
仙蔵がそう言うと、春市はちらりと仙蔵の目を見て、ふうんと呟いた。
「仙蔵くんは優しいからね」
「別に優しくはない」
「優しいじゃない。僕がこんな風に思っているの、許してくれるんでしょ」
「許すわけではないな」
春市は眉をひそめた。仙蔵はさっきの春市と同じように、ふうと息をついてから言った。
「私も、お前が好きだ。そう思われるのをずっと望んでいたんだから。お前こそ、私から離れるな」
一息に言い切った仙蔵を、春市はきょとんと見ていた。
それからようやく仙蔵の言葉を飲み込んで、かあっと瞬く間に顔を赤くした。
「――そっかあ」
その勢いに対して、春市が呟いた言葉はじんわりと幸せの色が滲んでいた。
そうして心底嬉しそうに笑ってみせた。


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