07-11



春市の部屋の襖が開いて、中にいた五人はばっとそちらを振り返った。
「ただいま〜」
「まだ団子は残ってるか?」
そんな何ともない台詞で現れた二人の、しっかり繋がれた手。
それを見て、一瞬五人とも固まった後、伊作と長次はため息をついて、文次郎と留三郎は目を釣り上げて同時に怒鳴った。
『――なんッッだそれ!!』
小平太は可笑しそうに腹を抱えて笑っていた。

* *

作法委員会で使う生首フィギュアの掃除を、作法委員会の生徒総出で行っていた。
唯一仙蔵だけは淡々とフィギュアを扱っているが、藤内と兵太夫、伝七の三人は始終嫌そうにして、フィギュアの顔を直視してしまう度にうっと声を漏らす。喜八郎はいない。サボったな、と四人は恨めしげに言い合った。
「立花先輩、あとどれくらいかかるんでしょう?」
「そうだな。あと八体ほどだ」
『うえー』
藤内の問いに答えた仙蔵。それを聞いてうんざりした顔の一年生。
「なんだ、そんなに嫌か?」
「この生首フィギュア、もうちょっとどうにかならないんですか?」
兵太夫が尋ねると、仙蔵はうーんと少し俯いた。
「とにかく学園長の顔って嫌なんですけど……」
いや、本当はもっと色々あるけど。そう思いながら、伝七が言った。そうか、と仙蔵は顔をあげて、名案だと言うようにこう言った。
「なら、今度は伝子さんにでもするか」
『なんでそうなるんですか!!』
「いいじゃないか、伝子さん。今までに珍しい女物のフィギュアだぞ」
『女じゃないです!!』
「気分が変わって良いと思ったんだが……」
仙蔵は首を傾げた。
「まあでも、確かに気分を変えると言う意味では、他の人物のフィギュアを作るのも面白そうだな」
「うーん」
仙蔵の考えはやっぱりズレているなと藤内は眉を下げる。知り合いの顔っていうのがそもそも気味悪いのだが。
「お前達、誰のものがいい?」
「本気で作るんですか?」
「参考までにだ」
三人は顔を見合わせて困った顔をする。何と答えたものか。
「ちなみに、立花先輩は」
「私か?そうだな、誰がいいか……」
仙蔵は兵太夫の問いに少し迷った様子――聞かれてすぐ候補が数人出てくるのも恐ろしい――をしてから答えた。
「強いていうなら文次郎あたりが面白そうだ。弄り甲斐がある」
『うえー』
一瞬想像してしまって、他の三人は顔をしかめた。
「――白石春市先輩じゃないんですかー?」
そこへそんな声がかかって、一年生二人がそちらを見て意外そうな声で言った。
「綾部先輩!」
「今日は休みかと思ってました」
伝七と兵太夫にそれぞれ言われて、喜八郎は目をぱちりとさせた。
「蛸壺を掘ってたらいつの間にかこんな時間だったの」
「相変わらずですね……」
藤内が苦笑した。残りの仙蔵については、先の喜八郎の台詞に少し眉を寄せたままだった。
「喜八郎、今の台詞は聞き捨てならんな」
「そうですか?立花先輩なら一日中そのフィギュア持ち歩きそうですけど」
「そんなことするか!気色悪い!」
何と言う偏見だと仙蔵は声を上げる。
「……いやでも、わからなくもないかも」
「うん……」
「そこ!!」
『すみません!!』
小声で囁き合った一年生二人にも叱責を投げて、仙蔵はため息をついた。
「なんでそんな話になるんだ」
「だって先輩、今や完全に白石先輩のペットじゃないですか」
「誰がペットだ!」
ぴっ、と喜八郎は人差し指で仙蔵の首を指した。それからぽつりと呟く。
「首輪」
「違う!!」
仙蔵は少し頬を赤くして否定する。それからため息をつきながら言う。
「いや、私もあの時は血迷っていたからこういう」
「――血迷ってたなんて仙蔵くんひっどーい!」
可愛らしい声と共に、赤い縄が飛んできた。
予想していたように仙蔵はそれを躱して、代わりに縄は生首フィギュアを捕らえた。
「いいじゃないそれ。僕好きだよ」
「お前なあ……」
春市はずるずるとフィギュアを引き寄せて、ひょいと取り上げる。
「それにしてもこのフィギュアってやっぱり不気味〜」
「壊すなよ。大事な備品だ」
「はいはい」
春市はそう言ってから、フィギュアをぽいと一年生二人の方に投げた。
慌ててそれを受け止めているのは見送らずに、また縄を飛ばす。仙蔵はまたそれを躱して、そのまま逃げ出した。
追いかける春市の目はいつも通りの狩りの目だった。
「恋仲になっても相変わらずだ、あの人達」
「綾部先輩、サボってたんだからちゃんと手伝ってください!」
「はあい」
藤内のお叱りを受けて、喜八郎はまだ埃を被ったままのフィギュアを取り上げて、少し何か考えたと思うと、ぽつりと呟いた。
「僕は作るなら滝夜叉丸のかなあ」
『うえー』


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