07-6



次の日。春市は本当においかけっこを始めた。
仙蔵を視界に捉えた瞬間、春市は無表情のまま仙蔵に向かって突進してきた。細くて頑丈な縄で仙蔵を絡めとろうとして、いつも通り避けられる。
ふと仙蔵が彼の動きに疑問を覚えた。その隙を見逃さずに春市はまた縄を投げる。その動きにも違和感。
「仙蔵くん、今日動き悪いんじゃない?」
「――お前……!」
口元に微かな笑いを浮かべた春市を見て、やっと違和感の正体に気づく。
明日は本気でやる、という言葉の意味を理解した。
後ろに跳んで春市から距離をとる。その距離をばっと詰める春市の動きは、いつもより速い。
――こんなに身軽になれるなら、普段からそうしていればいいだろうが!
春市はいつも色々な種類の縄を持ち歩いている。今使っているような細身の頑丈なものから、生物委員会で動物を扱うのに口に噛ませる太く編まれたものまで。どこにそんなに隠しているのかと聞くと、仙蔵くんの焙烙火矢と同じだよーと笑ったのでなんとなく納得していた。
本気でやるというのは、その縄を全て外した状態のことを言っていたのだ。推測するに、それなりの重量が無くなったことになるだろう。今日はやけに動きが素早いと思ったら、そういうことだ。
――まずい。
もう五年目の付き合いになる。その日のおいかけっこの結果は、開始直後にお互いある程度察知できるようになっていた。

春市がぱっと表情を明るくした。仙蔵はそれを見て、ついに諦めた。
仙蔵はあれから一刻逃げ続けたが、結局春市に捕まった。縄で手首を縛られて、馬乗りになった春市がどうみても勝者。予想通りではあったが。
「やった!僕の勝ち!」
春市が嬉しそうに笑う。昨日は最後まで見せなかった笑顔。それを見ても、仙蔵の気分は晴れなかった。
「僕のお願い、わかってるよね?」
春市が仙蔵の顔をのぞき込んだ。仙蔵はその言葉に顔を思い切りしかめた。
「やっぱりそのお願いなのか」
――昨日の、くのたまへの返事のこと。
そんな仙蔵に、春市は不満げに眉を寄せた。
「当然でしょ。昨日約束したよね。僕が勝てば、お願い聞いてくれるって」
「……確かにそうだが」
「じゃあ約束守ってよ。負けた仙蔵くんは、僕のお願いをちゃんと聞いてくれるよね?」
春市の目が仙蔵の目を静かに見つめている。昨日と同じ、真剣な表情。
――私の気持ちとは逆のこと。
――つまり、告白に承諾しろというお願い。
――なんでお前がそんなことを言うんだ。よりによって、お前が。
仙蔵が黙り込んだままでいるので、春市は眉をひそめる。それからぽつりと呟いた。
「――そんなに嫌なの?気に入らないなあ」
苛立たしそうな声。仙蔵は一瞬驚いたが、その時にはもう春市はいつものようににっこり笑っていた。
「別にいいけど。仙蔵くんは、嫌でも僕のお願いを叶えてくれるもんね?」
仙蔵への信頼でもって、真綿で締めるように仙蔵の選択肢を一つに縛っていく。
「――お前のお願いは、やはり罰ゲームだな」
仙蔵が低い声で呟いたのに、春市はにこにことしているだけだった。

そうして次の日、二人は食堂から一方的な喧嘩を始めたのだ。



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