07-1



昼になって食堂へ駆け込んできた小平太は、級友とその前に座るくの一教室の生徒を見て目を丸くした。
「仙蔵ぉー」
「小平太か。なんだ?」
その級友――仙蔵が自然な風に対応したので、食事よりもこっちの方が気になると考えた小平太は、興味津々で二人のところに寄っていった。
「珍しいじゃないか。お前がくの一教室の奴と食べてるの」
「そうだな」
やはり自然に対応する。小平太はちらりと相手のくのたまの様子を伺って、彼女が嬉しそうに仙蔵をちらちらと見ているのを確認して、ふうんと首を傾げた。
「なんだ?付き合ってるのか?」
「そうだな」
「……ええ!?本当にぃ!?!?」
適当に冗談半分で聞いただけだったのに、また自然と肯定されて、小平太は一瞬遅れて驚いた。
仙蔵の顔を見ても、特に何か感じるところがある様子は見受けられない。逆にくのたまの方は顔を赤くして俯いている。この反応を見れば、小平太の問いの答えは明らかだろう。
「なんでまた」
「……まあ、色々あって」
ここにきて仙蔵の顔が苦々しく歪む。理由は小平太にはよくわからなかった。
――しかし、まさかあの仙蔵が。
昔から顔も頭も良かったので、仙蔵は同学年の生徒の中では格段に女子人気が高かった。告白された回数も片手では全然足りない。多くの忍たま達から羨望と嫉妬を受けていた仙蔵であったが、その告白に頷いた回数は一度か二度あるかないか。その理由は、数名の人間が知っていて、小平太もそのうちの一人。
――春市とのことはどうなったんだろう。
さすがの小平太も、恋仲になったばかりの二人の前でそんな質問をするほどの無神経ではなかったが、表情は酷く不可解そうだった。
「ま、いっか」
小平太はいつもの『細かいことは気にするな』精神でそう言って、じゃあなー、と仙蔵ににかっと笑いかけて二人の席から離れた。
「ん?小平太、昼食は食べないのか?」
「せっかくだから、長次達にも教えてくる!」
「え!」
小平太が言って食堂を出ていくのを、仙蔵と恋仲になって一日目のくのたまが恥ずかしそうに目を瞬かせた。

六年ろ組の教室の戸を、バンッと鳴る勢いで開けた。中からあー!という声が上がって、小平太は首を傾げる。
「小平太か!お前、戸は静かに開けろって何回言えばわかんだ!」
「あれ?なんで留三郎と伊作がいるんだ?」
教室の中には、予想していた長次と春市、予想外のは組の留三郎と伊作がいた。留三郎は小平太が教室に入ってきたのを恨めしげに見ながら、戸に近寄って調子を見ている。この教室の戸は暴君によって何度も悲惨な末路を辿っていて、用具委員長としては気が気でないらしい。
「長次に図書室にいい本がないか聞きに来てたんだよ。ついでにこれから四人でご飯食べに行こうって言ってたんだけど、小平太も行く?」
「おー、ちょうどいい!行くなら早く行こう!」
伊作の言葉にそう返されて、四人は不思議そうに小平太を見た。
「何がちょうどいいの?」
「今行けばすごく不思議なものが見られるぞ」
「不思議なもの?」
春市が首を傾げた。
「さっき食堂に行ったんだが、そこに仙蔵がいてな」
「うん」
「驚いたことに、くの一教室の奴と一緒だったんだ!」
『え!?』
長次を除いた三人が声をあげた。
「くのたまって……偶然相席したんじゃないの?」
「いや、違う」
「なんで言い切れるんだよ」
伊作と留三郎は身を乗り出して小平太の話を聞きたがる。長次はその三人を無表情で眺めるだけで、春市は目を瞬かせて小平太の顔を見ていた。
「冗談で恋仲かって聞いたら、仙蔵がそうだって!」
『ええー!?』
は組の二人が驚いた声を上げる。
「嘘!仙蔵がそんなこと言ったの?」
「聞き間違いじゃねえのか?」
「いーや!本当だぞ!」
「いやでも、だとしたら」
伊作が何か言いかけて、春市の方を見やる。春市は三人から目を離して、何か思案するように机に目を落としていた。
伊作は小平太の耳に顔を近づけて、小声で囁いた。
「春市は?」
「わからん。さすがに聞けないかと思って」
「それもそうか……」
「そりゃあ賢明な判断だな」
伊作と留三郎がそれぞれ頷いた。この二人も仙蔵が春市を好いていることを知っている。
「じゃあ――」
「ねえ、小平太くん」
伊作が何か言いかけたところで、春市が言った。伊作はびくっと肩を震わせて春市を振り返り、留三郎と小平太も春市を見た。
春市は無表情のまま静かな声で尋ねた。
「そのくのたまって、どんな子だった?」
「え?えーっと、大人しそうな奴だったかな。あ、胸はでかかった!」
「そんなこと聞いてない」
ぴしゃりと言い放った春市に、小平太達は驚く。ちらりと長次が三人の方を見たので、多分長次も驚いたのだろう。
「髪は?長くて黒?」
「あー、そうだったかな」
「顔は綺麗?可愛かった?」
「うーん。多分、綺麗な方?」
正直仙蔵に恋仲がいるというのが衝撃的で相手の顔までよく確認していない。しかし春市は小平太の答えにそっか、と呟いてまた机を睨みつけた。
一体なんなんだろう、と他の四人が疑問に思った時、春市がまた他を驚かせるような行動をとった。
「……チッ」
――春市が舌打ちしただと!?
顔を憎々しげに歪めて、小さく音を立てた。普段温厚でにこにこしている春市ばかり見てきた彼らにとって、こんなに荒んだ彼を見るのは初めてかもしれない。
そうだ、彼は何故だか酷くイライラしている。
「ど、どうしたの?春市」
伊作がおずおずと尋ねると、春市はちらりと伊作の方を見て、また視線を落としたかと思うと、ばんと机に手をついて立ち上がった。
「僕、食堂行く」
『え』
それだけ言って、春市は教室を飛び出した。一瞬呆然とした四人だったが、すぐにはっとして春市を追って教室から出ていった。
――なんかよくわからないけど、今の春市は今までにないくらい気が立っている。放っておくと大変な事になるかも!


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