06-2



「ここは途中でコースと離れるから、一度戻った方がいいよ。上に行く道知ってるから、一緒に行こう」
春市は学園敷地内の山々のことはよく知っているらしく、彼の提案の通り、二人は一度来た道を戻ることにした。
「……お前は、折り返してきたのか?」
「僕?だとしたら一番じゃない。全然違うよ〜」
春市はそう言って笑った。その顔には疲れの色もなければ、汗もそれほどかいてないようだった。
「じゃあなんであんなタイミングで通りかかったんだ?」
「あはは。実は試験のこと忘れててさあ。夕飯の後にちょっと寝てたら、先生が部屋に呼びにきて気づいたの。もうみんな学園を出てった後で」
慌てて追いかけて来たらしい。うっかりしたあ、と笑うが、うっかりとかいうレベルじゃないと思う。進級試験だぞ、進級試験。
「だったら、こんなことしてる余裕無いだろう。不合格になるぞ」
「んー。ま、補習受けたら大丈夫じゃない?」
「なんだその適当さは……」
仙蔵は呆れて息をつく。ついでに咳が出た。春市はちらりと仙蔵を見て、大丈夫?と言った。頷いてみせる。

二人は裏々々山の大分下の方まで戻ってきた。
「あ、ここ」
「え」
春市が急に立ち止まった。コースの道の下にある洞窟の前。
「暗いから気をつけてねえ」
「ここ通ってどうするんだ?」
「ふふ、こっから上に戻れるんだよ」
なんだか得意げに言って、春市はさっさと洞窟に入っていった。慌てて仙蔵も追いかける。
「あーっ」
「何してるんだ」
「えへへ、洞窟って声が響くから、大きい声で喋りたくなるよね!」
「ならない」
はっきり答えた仙蔵に、そっかあ、とそれでも楽しそうな春市の声。さっきから思っていたが、こいつは何も考えてなさそうにずっと楽しそうにしている。
「立花くん、こっちに曲がるよー」
「は?こっちってどっちだ」
春市の声が指示らしきものを寄越してきたが、仙蔵は眉を寄せる。
「あ、暗いからわかんないか」
そして、冷たくなった手を温かい何かが掴んだ。
――ああ、こいつの手か。
「こっちこっち」
春市は言って、仙蔵の手を引いた。
仙蔵は温かい彼の手をなんとなくぎゅっと握った。

洞窟から出ると、満月の光さえなんだか眩しく感じた。春市は仙蔵の隣で笑っている。
「満月って明るいよねーっ」
「そう、だな」
なんとなく言葉がつっかえた。
もう洞窟を出て互いの姿は見えるのだが、春市が手を離す素振りを見せないし、仙蔵も何も言わないでいた。
洞窟から出て少し歩くと、コースの道まで繋がる脇道があった。春市はそれを指さして、ほらっと言った。
「この道から外れたら、戻れるのってここしかないんだよね。結構時間かかったなあ」
春市の言葉を聞きながら、二人は脇道を登ってコースに戻った。
コースの向こうに、こちらへ走ってくる影が見えた。誰かが折り返してきたらしい。
「これじゃあ補習決定だねえ」
春市はそう言いながら笑った。補習、という言葉に顔をしかめた仙蔵を見て、苦笑になる。
「立花くんは頂上で先生に言ってリタイアした方が良いよ。無理したって意味ないしね」
「……まあ、そうだな」
「僕も一緒にリタイアしよっかなー。そもそも、時間間違えて、頼み込んでなんとか受けさせてもらった形だしさあ」
春市はそう言って、仙蔵に笑いかけた。
「ほら、二人だったら別に補習でも嫌じゃないしね!」
仙蔵はその笑顔から目をそむけて、わざとらしくため息をついて見せた。
「私は補習は嫌だ」
「い組の優等生だもんねー。僕はいつも座学で補習受けるから、別に気になんないけど!」
こいつは座学苦手そう、と思っていたが正しかったらしい。しかし座学が苦手でもろ組ということは、実技が得意なタイプなのだろう。
「いいのか、実技でも補習受けて」
「あ、そっか」
春市は仙蔵の指摘に今気づいたというような顔をした。が、すぐに明るく笑った。
「いいのいいの!細かいことは気にしない!」
「なんだそれ」
「友達の受け売り!」
春市は楽しげに言って、行こ!と仙蔵の手を引いた。
一つ咳が出た。

満月、マラソン、脱落者
[あとがき]



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