04-2



春市に言われた通り、八月の一日、仙蔵は地図を頼りに春市の家にやってきた。やはりというか、夏休みに入ってから今まで、この約束のことがずっと気にかかっていた。
「……ここ、か?」
半刻ほど山を登ってきて、地図で大きくバツ印のついた場所の前まで来た。
随分立派な門の家。高い漆喰の塀が両側に続き、頑丈そうな鉄の門扉が仙蔵の前に聳えている。
想定していた物の斜め上を行く構えに、正直本当にここが目的地なのか疑う。もしかして春市は良家の出だったのか。
――とりあえず、確認してみるか。
門に掛かっている呼び鈴を鳴らす。やけに大きな音でカンカンと響いた。しんと静まり返ってから、ガシャンという音が中から聞こえてきた。
ぎいいっと錆び付いた音を立てて門が開かれる。どきどきしながらそれが開くのをじっと見ていると。
「――グルルル……」
「――うわあーっ!!」
唸り声に、思わず情けない声を上げた。
「あはははっ!仙蔵くんかわいいー!」
「は、春市!?」
声を立てて笑う春市の声がする。が、どこにいるのかわからない。というか、それよりも目の前の動物が気になって仕方ない。
――虎。立派な体格の、黄金色の虎がいる。
「ごめんごめん。驚いた?」
「お、お前……!」
やっと姿を見せた春市は、その虎の後ろからひょいと顔を出した。虎が門の前で座っている後ろでしゃがんでいたようだ。完全に意図的に隠れていた。
「な、なんなんだこれは」
「あはは!そんなに驚くとは思わなかった!この子はねえ、ココちゃんっていうの。いたずら好きなんだよね」
「グウ……」
ココちゃんと呼ばれた虎は、春市に撫でられてすっと目を細めた。よく見ると、春市の手には太い縄が握られていて、それは虎の首にある赤い革の首輪に繋がっている。
「ココ、ちゃん?」
「虎に子どもの子って書いて『虎子ちゃん』。女の子だからね」
「へ、へえ……」
字面は確かに似合っているが、如何せん響きが可愛すぎる。
「仙蔵くん、山登ってきて疲れたでしょ」
春市はそう言うと、虎を撫でるのをやめ、首元を擦りながら左腕を伸ばした。
「虎子ちゃん、あっちの二人のとこに行くんだよ。こっち側ね」
言いながら手で指し示す。こっち側、と言って手首をくいと曲げる。虎はそれをじっと見ていた。
「はい、行ってらっしゃい」
春市が手に持っていた縄を口元にやると、虎はその縄をゆっくりとくわえ、のそのそと指示された方に歩いていった。
――あれ、よく見たらあの二人は……。
「……うわ!虎あ!」
「伊作驚きすぎだ!虎子おいでー!」
――なんで伊作と小平太がいるんだ。
「仙蔵くん、休憩すればいいよ。こっちにどうぞ」
「おい、春市、あの二人は……」
「ん?伊作くんと小平太くん。長次くんももう来てるよ。あと来てないのは、文次郎くんと留三郎くんだね」
――なんであいつらも呼ばれてるんだ!
――わかってたけど、変な期待して損した!!

春市に連れられて、仙蔵は敷地の右手に構えている長屋に移動した。敷地の広さに反して、その長屋の大きさはそれほどでもない。代わりに、高い柵の向こうでは、さっきの虎を始めとした大きな獣から鼠のような小動物まで、たくさんの動物達が闊歩していた。なんだろうこの空間。
「長次くーん、お茶煎れてくれる?」
「……もそ」
春市が一旦顔を出した炊事場には、なぜか割烹着を着た長次がいた。
――いや、何してるんだ、お前。
「ついでに長次くんも休憩しようよ。お菓子持ってくねえ」
春市は棚から箱を二三個とって、また戻ってくるとこっちだよ、と先に立って歩き出した。
「長次くんは意外と家事が得意だから、こっちの手伝いしてもらってるの」
「それは知っているが……なんなんだ、手伝いって」
「お茶飲みながら説明するね」
春市がそう言って笑ったので、仙蔵はそのまま黙ってしまった。
一つの部屋に入って、春市が持ってきた箱をがさがさと開けていると、長次が湯呑が三つ載った盆を持ってきた。割烹着は脱いでいる。
「もそ」
「ありがとー、長次くん」
「ありがとう」
差し出された湯呑をもらう。長次もそのまま座って自分の湯呑を飲んだ。
「このお菓子おいしいよーどうぞ」
「ああ……って、それより説明してくれ。なんで私はここに呼ばれたんだ」
仙蔵は春市の勧めた饅頭に手を伸ばしかけて、やめた。長次は気にせずに饅頭をとっていた。
「うん。お手伝いしてほしくて」
「手伝い?」
「去年までは仲良い友達に頼んでたんだけど、四年に上がるときに長次くんと小平太くん以外は学園を辞めちゃって。困ってたんだよね」
仲良い友達、に入っていなかったという事実がなんとなく仙蔵には悲しい。一応これでも積極的に仲良くなろうとしているはず……。
「手伝い、というのは、具体的に?」
「長次くんには家事の手伝いしてもらってるけど、他のみんなには動物さん達の世話だよ。さっき小平太くん達がやってたでしょ」
ああ、あれは動物の世話をしていたのか。春市は饅頭を頬張りながらにこにこしている。
と、そこにカンカン!という音が鳴った。さっきの呼び鈴の音。
「あ、文次郎くんか留三郎くんかな。行ってくるね」
春市はそう言って立ち上がり、駆け足で部屋から出て行った。それをぼうっと見送ってから、仙蔵はお茶を飲んでいる長次に気になることを尋ねた。
「……なあ、長次。この家は、なにか家業が?」
「……春市のご両親は、調教師をしている」
――なるほど、あいつの動物好きとSっ気はここから来ているのか。
外から、文次郎と留三郎のぎゃああっという叫び声が聞こえて、仙蔵は思わずため息をついた。


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