03-1



――あ。
仙蔵は前からやってくる見慣れた姿に立ち止まった。心境は、喜び半分、警戒半分。
――なんだか今日は、危ない気がする。
自身と同じ萌黄色の装束を着ていて、ふわふわした質の明るい色の髪。背は三年生の平均より小さく、一年生の中に紛れても違和感がない。そんな彼。
相手もふと顔を上げて、仙蔵に気がついた様子を見せた。大きな目をぱちりとさせてから、にっこり無害そうな笑顔を見せた。
――どっちだ。どうくる?
仙蔵は高確率の希望を望んでいたが、相手はその望みを裏切るかのように、ばっと地面を蹴って仙蔵に向かって駆け出した。
「仙蔵くーん!ちょうどよかったあ!」
「なんとなく嫌な予感がしたんだ!」
仙蔵も慌てて踵を返し、嬉しそうな声から遠ざかるように逃げ出した。
白石春市。三年ろ組の生徒。仙蔵と出会うと偶に捕獲のために追いかけてくる。
――仙蔵としては、出会ったらお互いに微笑みを交わして、和やかな世間話でもいいからお喋りをして、柄にも無いふわりとした柔らかい気持ちを感じていたいのだ。
――決して、狩りをする獣のような獰猛な目を向けられて、相手か自分の体力が尽きるまで追いかけられて、捕まった時のことを思って心臓を冷たく掴まれる感覚に晒されたいわけではないのだ。

約半月に一度の頻度で、仙蔵と春市のおいかけっこは行われる。仕掛けてくるのはほとんどが春市から。どういうきっかけでそれを始めようと思うのかは仙蔵にはよくわからないが、一年以上続けていれば、時たま嫌な予感が当たることもある。
そして、おいかけっこをしている途中で、今日は駄目だとか、今日は勝てるとかいうのが大体わかるようにもなった。その日の自身の体調と追いかけてくる春市の様子から、かなりの高確率で当てられるようになってきた。
――今日も予想は当たり、仙蔵は春市の常備している縄で腹のまわりを縛られて移動していた。
「えへへー。仙蔵くんに勝っちゃった!」
「……嬉しそうだな」
「そりゃ嬉しいよ!」
こっちは最悪の気分だ。何が悲しくて縄で縛られて同級生に連れ回されなければならないのか。
そしてこの後を考えてまた気分が落ち込む。
「今日は何してもらおっかなー」
春市のふわふわした長い髪がぴょんぴょん跳ねるのを見て、仙蔵はため息をついた。
おいかけっこで仙蔵が春市に捕まった場合、春市は仙蔵に何かしらの要求を突きつける。それが宿題の手伝いとか一緒に遊ぶとかの可愛らしいものであるときも、偶にはある。しかしほとんどは、無意味で非生産的、その上仙蔵の自尊心を酷く傷つける結果になることが多い。
――ああ、今日はどんな要求を飲まされるのだろう。
そう思いながらも、仙蔵を捕まえた時の頗る機嫌の良い春市を見ていると逃げ出す気が失せてしまう仙蔵も仙蔵だというのは、彼の知らない周囲の意見である。


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