02-6



文次郎と留三郎が一緒にいるのに喧嘩をしない。というのも、どちらも仙蔵を気の毒そうに見ているからだった。
「仙蔵、大変だったね……」
「……」
そして机に突っ伏している仙蔵の隣について伊作が慰めている。
食堂の机の一つに四人で集まっていて、既に夕食は済ませていた。夕食の間は仙蔵も特に変わりなく、文次郎と留三郎もいつも通りに小突き合いしていた。しかし夕食を終えてから、ついに伊作が意を決して尋ねたのである。
『放課後のあれは、なんだったの?』
仙蔵は一度目を瞬かせて、そのまま何も言わずにはあっと息を吐いて机に突っ伏した。そして今に至る。
そこに、小平太と長次が連れ立って現れた。四人が一緒にいて、仙蔵が突っ伏しているのを見て状況がわかったらしい。二人は顔を見合わせてから四人のところにやってきた。
「仙蔵、大分堪えたみたいだなあ」
「……予想はしていたが」
「お前らの言ってた、白石春市の本性ってのは……」
文次郎の言葉に、小平太は困ったように頬を掻き、長次は目をそらした。
「私達もあれほどあいつが仙蔵を気に入るとは思ってなかったんだけどな?」
「え、あれって嫌がらせでしょ。どう見ても」
伊作が目を丸くすると、違う違う、と小平太は手を振った。
「あいつは基本的に動物とばっかり触れ合ってきたから、人付き合いがちょっと下手っていうかな。基本的には当たり障りなくやってるんだが、仙蔵はその範囲外なのかも」
「なんでだ?」
「さあ。それはわからんが」
予想以上に気に入られたというのは喜ぶべきところかもしれない。仙蔵は春市が好きなのだから。
――と言っても、さすがにあれは好きだからって許容範囲外だろう。
「一応あれはあれで、一つの愛情表現だと思うぞ。ほら、動物って散歩好きだろ?」
「いやでも、仙蔵は人間だし」
「あいつによると、人間も動物の一種らしいから」
――彼は案外恐ろしい考えの持ち主だったらしい。
返す返す仙蔵が不憫だ。なんせ放課後の校庭を首輪をかけられ連れ回されたのだから。この一年半、クールでお高い人間として思われてきた仙蔵が。しかも片想いの相手に。
「ま、これで春市に幻滅したっていうならもう関わらない方が良いぞ。今なら春市も諦めるだろうし」
「……もそ」
小平太と長次が言った。最後の忠告のつもりだろう。最初の忠告を聞いていれば仙蔵がこうも精神的に傷を負うことも無かった事を考えると、この忠告は聞いておいた方が良いかもしれない。そう思って、伊作と文次郎、留三郎の三人は、未だ机に降して黙ったままの仙蔵を見た。
「春市は案外引き際はわかっている奴だから、仙蔵が離れる意を何となく態度で示せば、特に何も言わずに引き下がるだろうから――」
「私は――」
小平太の言葉の途中で、仙蔵が机に突っ伏したまま呟いた。五人は仙蔵を見て黙った。
「――確かに、驚いた。あいつが予想の斜め上をいく奴だったことに」
そりゃそうだ、と五人とも思う。あの可愛い顔が、あんなに喜々として人間に首輪を付けて連れ回すのだから、驚かない奴がいれば見てみたい。
「――でも、一番驚いたのはな……」
仙蔵はそこでやっと机から顔を上げた。
「――それでも春市を嫌いにならない自分だ!」
仙蔵は、言葉とは裏腹に憎々しげに顔をしかめた。
――なんで、あんな奴なのに!

もう戻れません!


前<<>>次

[10/38]

>>目次
>>夢