02-4



「あー、僕の負け?」
「そ、そうだな……」
「うわー。おいかけっこはちょっと自信あったんだけどなあ」
春市が残念そうに言うのを見ながら、仙蔵は顔をしかめた。
おいかけっこは半刻近く続いた。仙蔵は教科も実技もそれなりに優秀な成績である。彼としては、勝負の内容がテストでもおいかけっこでも、どちらでも良かったのだ。
対する春市は、教科は今ひとつだが実技は得意らしい。以前からそれは知っていたが、実際こうやって勝負してみると、確かに身のこなしは軽く、足も速い。一番目立つのは体力だ。半刻近く学園中駆け回った今、春市は軽くかいた汗を拭いながらからっとした笑顔を浮かべ、仙蔵は荒い呼吸を繰り返している。仙蔵が勝ったのは、春市の動きを予測して先回りしたからであった。
「立花くんって運動もできるんだねえ。すごいなあ」
「運動はお前の方ができるだろ」
「うーん。まあ、あれだね。馬鹿じゃダメってことかな」
春市はそう苦笑した。
「えっと、結局なんでこんなことしてたんだっけ?」
春市が首を傾げた。仙蔵もいつの間にか目的を忘れていたのに気がついて、ついでにもうさすがに言い訳はきかないとも気づく。
「あ、そっか。立花くんがなにか頼み事があるんだっけ」
春市は思い出したように言って、仙蔵ににこっと笑ってみせた。
「どうぞ?立花くん」
促されて、仙蔵はうっと口篭る。
――どうしよう。名前、名前で呼びたいって言えばいいのか?名前で呼んで欲しいって?断られないか?っていうか、今日のことで変な奴だって思われているかもしれない。断られたら……。
「――あれ、二人とも、おいかけっこは終わったの?」
そこに伊作が現れた。留三郎も一緒。留三郎は春市を見てまずいというような顔をして、伊作の腕を引いた。
しかし、間に合わなかった。
「ああ、伊作くんと留三郎くん。こんにちはあ」
――ん?伊作くんと留三郎くん?
仙蔵がゆっくりと二人の方を見ると、彼らはぎくりと肩を震わせて固まった。
「……伊作、留三郎、どういうことだ?」
低い声で呟くと、二人ともばつが悪そうに目をそらす。
「これに関しては伊作が悪いから!じゃあ!」
「あっ!留三郎ずるい!」
「二人とも逃げるなああ!」
さっさと一人逃げ出した留三郎と、それを追って逃げ出した伊作。仙蔵はその後を追いかけた。
――なに普通に名前で呼ばれてんだ!あの二人は!!

「……立花くんすごいなあ」
一人残された春市がしみじみと呟いたところに、小平太と長次がやってきた。
「春市〜。仙蔵はどうしたあ?」
「え、立花くん?」
「おいかけっこ終わったのか?」
小平太の問いに、春市はへらっと笑った。
「うん。ついさっきね」
「随分長かったな」
「僕もびっくり。途中で終わると思ったんだけど、まさか最後まで追いかけてくるとは。しかもその後で伊作くんと留三郎くんを追いかけていっちゃったの!」
意外そうであり、楽しそうでもある。あんまし印象は悪くないんだよな、と小平太は思う。
「結構面白い奴だろ」
「そうだねえ」
春市はくすくす笑って仙蔵が消えていった方を見やった。
「小平太くんと長次くんは、立花くんと仲いいの?」
「んー?まあまあかな!」
「……まあまあだな」
「まあまあか〜」
春市は苦笑してから、呟いた。
「――僕も立花くんと仲良くなりたいなあ。名前で呼んでいい?って聞いたら許可してくれると思う?」
「是非ともそうするべきだ!」
「もそ」
「あれ?」
二人ともが即答して頷いたので、春市は首を傾げた。


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