04



先生と立花先輩の後を追った葉太郎の後ろ姿を少しの間見ていたが、考えても仕方無いと思うことにして再度食堂へ歩き出した。
葉太郎曰くの面倒なこと、のために今日の放課後が完全に潰れてしまったということだろう。補習に付き合っていたはずの一年は組の生徒が数人長屋に帰っていくのを先ほど見た。
――やっぱり、さっき聞いた話のことだろうか。
食堂に着いて中を覗くと、いつもより随分遅い時間に来てしまったため生徒の数はかなり少なかった。
おばちゃんから定食の盆を受け取って席を探していると、おーいと聞きなれた声がかけられて、見慣れた人物が軽く手を振っていたのを見つけた。
「三木ヱ門くん、ここ座りなよ」
「タカ丸さん」
ここ、と言って自分の前の席を指している。せっかく同級生に誘われたのにわざわざ別の席に座るという選択肢はなく、どうも、と言いながらその席についた。
「今日は遅いんですね」
「うん。委員会でヘマやらかしちゃって、久々知くんに怒られてたの」
あはは、と明るく笑いながら。まだ慣れてないんですか、と呆れ半分に言えば、ちょっとぼんやりしてただけだよう、と返される。
「なんか大変なことがあったらしいね」
「大変なこと?」
「知ってるでしょ?」
さも当然のように言われ、首を傾げる。なにか面白い噂話でもあっただろうかと考えて、さっきの思考が舞い戻ってきた。
「もしかしてあれですか?」
「うん。葉太郎くんと仲いいし、やっぱり知ってるよね〜」
「いや、葉太郎から聞いたわけではないんですけど」
「そうなの?葉太郎くんのことだから、一番に三木ヱ門くんに話してるものだと思ってたけど」
「今日は全然部屋に戻らなかったんですよ、あいつ。多分その話のせいだと思いますけど」
そっかあ、とタカ丸さんは数度頷いた。味噌汁を啜りながら先ほど会った委員会の後輩、団蔵の言葉を思い出した。
『すごいんですよ!ほんとに、ふわって浮いたんです!絶対天女だってみんなで話し合ったんですよ!』
えへへ、このことは秘密って土井先生は言ってたんですけど!と続く。あの一年は組が秘密を隠し通せるとは全く思っていないが、それにしてもあんなに堂々と約束を破るとは我が後輩ながらひどいものだと思う。
「じゃあ誰から聞いたの?」
「団蔵ですよ。さっき食堂に来る前に会いました」
「秘密って言われてるのに、やっぱり話しちゃうんだ」
同じは組であり、たまに一緒に授業を受ける仲だからか、タカ丸さんは苦く笑う。
『森林先輩ならそのとき一緒にいたから、まだ先生達と一緒なのかも』
団蔵と一緒にいた虎若がそう言ったので、どうりで探してもいないわけだと一応納得した。その後なんでこんな時間にユリコを連れているんですか、と不思議そうにされたので慌てて散歩だ!と主張して自室に足早に戻ったのを思い出した。少し気恥しいのがぶり返す。まさか葉太郎が見つからなくて四半刻も探し回っていたとは恥ずかしくて誰にも知られるわけにはいかない。
「僕は伊助から聞いたんだよ」
タカ丸さんは自分がその天女どうこうの噂を聞いた経緯を簡単に話した。さっきの久々知先輩に怒られていたという件で火薬委員の招集がかかった後、伊助が何故か食堂で夕飯を済ませていたと不思議そうに三郎次が連れてきた時にうっかり口を滑らせてしまったという。ちょっと一端を話しただけで、噂話に興味津々のタカ丸さんと三郎次にせっつかれて白状させられたそうだ。
「後輩をいじめるのはよくないですよ」
「別にいじめてないよ!それを言えば会計委員のほうがいっつもいじめみたいな鍛錬させてるじゃない」
「あれは潮江先輩が……いやまあ、なんでもいいですよそんなこと」
常々徹夜の上にあんな厳しい鍛錬を振らないで欲しいと思っているが、今はそんなことはどうでもいい。
「伊助はなんて言ってたんですか。私はまだ女が空から降ってきたってことしか聞いてないんですけど」
「僕もそんな感じ。でも彼らもまともに話を聞かされてはいないみたいだよ。とりあえず、先生方が秘密にしたがってるってだけ。結構本気で隠したがってるみたいだね。なにせ目撃者の一年は組の夕飯と風呂の時間を、他の生徒とずらすぐらいだから」
「そうなんですか?」
その言葉には驚いた。一年は組が秘密なんてできないことはわかっていたのだろう。物理的に第三者との接触を少なくし、できる限り噂の蔓延を食い止めようという意図が感じられる。
「もしかすると、一年は組のよい子達の見解もあながち間違いではないのかも」
「天女ですって?ありえないでしょう」
「でも、その女の人が現れてもう一刻以上経つのになんの説明もされてないってことは、先生方もどう対処するか決めかねてるってことじゃない?今まで起こったことのない前代未聞の問題が発生したって考えてもおかしくないでしょ」
「一刻くらいでそこまで飛躍して考えると、もう妄想の範囲では?」
「そんなに飛躍してるつもりはないけど……」
タカ丸さんはたまにこうして随分飛躍した考え方をする。それがプラスに働くこともたまにはあるが、基本はタカメモに代表されるようにあまり良いとは言えない癖だ。
「まあ、結局僕らがこんなところでいろいろ言っても意味ないよねえ。まだ噂話の域を出ないわけだし」
「そうですよ。先生方が対応しているんだから、そのうち解決するでしょう」
そうだね、とタカ丸さんはニコニコと笑い、会話に集中していたためか遅くなっていた箸の進みを元通りに食事を再開した。
私も同じように食事をしながら、この後葉太郎になんと問い詰めてやろうと思いを巡らした。

* *

「それで、どういうことなんだ?」
部屋に戻ってすぐ、三木ヱ門が少し不満げにそう聞いてきた。随分気になっていたらしい。
「うん、とりあえず、まずは三木ヱ門に謝らなきゃだなあと思ってたんだけど」
そう言うと、三木ヱ門は少し首を傾げて疑問を顔に出してから、まあどうぞ、とよくわからないながら促した。
「まずは、なにも連絡を入れられずにずっと留守にしててごめんね」
「それは別にいい。団蔵達から聞いたが、先生についてたんだろう」
「え、団蔵達?なに、なにか聞いたの?」
驚いて、あと少し焦るような心持ちで聞くと、三木ヱ門は普通に頷いて言った。
「なんでも女が降ってきたとか」
「うわー。先生達も予想してたけどやっぱ話しちゃったか」
トラブルメーカー、一年は組が秘密事を興奮気味に、秘密ね、という矛盾した文句と共に語るのが容易に想像できる。
「知ってるならいいや。そういうことで、しばらくその関連でバタバタしてるかも。俺は目撃者ってだけだから、今回だけでお役御免ってことにしてもらえるかもしれないけど、一応それなりに状況がわかってる一人だから」
「ああ。何かあったら手伝いくらいはする可能性が高いってことだろう?」
「さすが三木ヱ門!」
少ない説明で俺の言いたい事を汲み取ってくれる。ふんと俺の言葉に当然とでも言うように鼻を鳴らし、満更でもなさそうに笑うのが三木ヱ門らしい。
「詳しい事はやっぱり秘密なのか?」
「うん。ごめんね?」
「まあ先生の指示なら仕方ないだろう。私がどうのこうの言う話でもない」
そういう事でいいだろう、と三木ヱ門は快く許してくれた。ありがとう、と笑うと三木ヱ門も笑ってくれてちょっと胸にふわりと甘い感じがした。
「約束守れなくてごめんね」
「ユリコのことか?気にしていない。だいたい、約束ですらなかったしな」
「あと、一人で食事させてごめん」
「タカ丸さんがいたから一人ではなかったし。別にいい」
ふうん、タカ丸さんと食べたのか。タカ丸さんずるい。ちなみに俺は、天川姫美がお話したいとか言ったくせにほとんど何も話さなかったので食事だけ終えて帰った。なにがしたかったのだろうあの人は。
「それから、俺が戻らないからってしばらく探してくれてたでしょ?それもごめんね」
「な、それは!」
「食堂来るのが遅かったでしょ、それってこれが理由だと思ったんだけど」
「別にお前を探してたわけじゃ……ユリコを洗ってやったから散歩させてやろうと!」
そっか、と笑っている俺がそのセリフを鵜呑みしたのではないことは三木ヱ門も気づいてるんだろうな。
ふふっと笑うとじとっと見られたので、三木ヱ門かわいー、と茶化すようにして話は終わった。



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