噂話と二人についての考察-3



二人はその問いを聞いて、一瞬きょとんとした顔を見せた。
その後の反応はそれぞれだ。三木ヱ門はまあ、と曖昧に頷き、葉太郎は苦笑した。
「なんか久しぶりに聞いたー」
「そうなのか?」
「結構前の話だからな」
――滝夜叉丸の時と反応が違う。
守一郎はそう思って目を瞬いた。先ほど滝夜叉丸に同じことを聞いた時、相手はきょとんとした後、目を輝かせてそうなのだ!と興奮気味に声を上げた。守一郎にしてみれば、滝夜叉丸の反応の方が正しいように思える。"天女"なんてものが実在したという話を、こうも日常会話のように言われるよりは。
「滝夜叉丸に聞いたら、葉太郎に聞いてみればいいって言われたんだけど」
「そうなんだ。まあね、仲良くしてたし」
「えっ。"天女様"と?」
うん、と普通に頷かれた。いやそれすごいことなんじゃ、と守一郎などは思うが、どうやらこの二人にとっては別段すごいことでもないらしい。
「どんな感じだったの?」
目を輝かせて尋ねる守一郎に、葉太郎はうーん、と頭を掻いて困った様子を見せた。
「どんなって、別に……普通の人?」
「えーっ。そんなことないだろ。滝夜叉丸は、すっごく綺麗で優しい人だったって言ってた」
まさに天女そのもの、と。いつも笑顔で自分の話を聞いてくれた、と。あの滝夜叉丸の話を聞いてくれるんだから、それは本当に天女のような器の広さが必要だと思われる。守一郎の中には、理想の天女様像が浮かんでいた。
「――そんなすごい人じゃないよ」
しかし三木ヱ門がその天女様像をあっさり打ち砕いた。
複雑な表情で、不機嫌そうな声だった。目を丸くする守一郎と、わずかに目を細めた葉太郎が揃ってそんな三木ヱ門に目をやる。
「綺麗な人だったのは事実だが、別に優しい人ではなかったし。ただ甘かっただけだ、あの人は。何も知らないし何も考えないから優しく見えただけ」
「……三木ヱ門」
葉太郎が諌めるように名前を呼んだ。三木ヱ門はそこで言葉を止めて、バツが悪そうに目を逸らした。
気まずい沈黙になってしまって、えーと、と守一郎が困ったように口を開いた。
「三木ヱ門はあんまり"天女様"が好きじゃなかったってこと?」
葉太郎は眉を下げて苦笑した。
「まあ、そんな感じかなー」
「そっかあ……」
曖昧な返事だったが、友人が好きじゃないという人間の話をし続けるというのも気が進まない。"天女様"の事は他の人に聞くとしよう、と守一郎は心の中で呟いた。

「――ま、いくら"天女様"といっても、好かれることもあれば嫌われることもあるよな」

守一郎があっさり言った言葉に、残りの二人は目を丸くした。守一郎はその反応に慌てて続けた。
「あれ、俺変な事言った?」
「え、あ、ううん。全然!」
葉太郎がへらりと笑って両手を振った。三木ヱ門はその間も何か考え込むように視線を落としていた。
「守一郎の言う通りだよ、うん。正しい正しい」
「そこまで言われると自信無くなってくるんだけど……」
「あはは、ごめん」
本当に大丈夫だよな、と守一郎の心中はあまり穏やかでないが。葉太郎は笑って何も言わないし、三木ヱ門はまだ思案中。
と思ったら。
「……まあ、付け加えれば」
三木ヱ門がようやく顔を上げた。依然として複雑な表情だが、声の不機嫌さは多少和らいでいるように思われる。

「――優しい人ではなかったが……良い人ではあった、かもしれん」

その言葉は、褒め言葉としては低い評価ではないか。
守一郎はそう思ったが、三木ヱ門を見る葉太郎の目が、驚いたように見開かれた後柔らかく弧を描いたので。
――まあ、二人の間でわかる何かがあるんだろう。
釈然としないながらそう結論付けて、守一郎はそっか、と呟いた。
「よくわかんなかったけど、ありがとう」
「気になるなら他の人に聞けばいいよ。天川さんのこと」
「天川さん?」
「"天女様"の名前。天川姫美さん、って言ったんだ」
へえ、と驚いた様子の守一郎が一言。
「"天女様"にも名前があるんだな」
それを聞いて、三木ヱ門と葉太郎は顔を見合わせてから揃って苦笑した。

田村三木ヱ門と森林葉太郎。四年ろ組である守一郎のクラスメイト達で、同室者同士。守一郎は三木ヱ門と仲が良くて、そのまま葉太郎とも仲が良い。どちらも気の良い奴らだと思う。
――時々二人で何かを伝え合うように目を合わせるのは、一体なんだろう。
守一郎は時々首を傾げながら、なんとなくわかるような気がしながら、そんな二人のことを見ている。

噂話と二人についての考察
[あとがき]



前<<|>>次

[3/3]

>>目次
>>夢