お前は可愛くない!-3



葉太郎の女装と演技がこんなに酷いとは初めて知った。
追試だなんだはもう関係ない。もっとマシなものにしてやらなければ私の気が収まらない。
ということで、どこかの店で試験時間を食い潰そうという葉太郎の提案を斬り捨て、街の中を一刻余り歩き回った。歩き方、言葉遣い、店での女らしい行動、話す内容、色んな店で何度も練習して覚え込ませる。半刻を過ぎたあたりからあからさまに疲れた顔をし始めたので、それを隠す演技についても講義してやった。うんざりした顔をするな、自分の能力の低さを恨め。
――ということをしていたわけだが。
「……まあ、大分マシになったな」
「そうですか?」
葉太郎は嬉しそうに微笑んだ。その反応も最初に比べればよほどマシだ。言葉遣いも大分慣れてきたようだし。見た目がイマイチ女らしくないのは仕方ないだろう。
――というか、コイツの場合体格だけだな、問題は。
顔は、まあ女らしいとはお世辞にも言えないが、まだ許容範囲だ。化粧と表情によっては中性的に見える。こうして座っている分には、ちょっと違和感があるかな程度には抑えられる。
甘味処の、通りに面した席で休憩していた。店内に入ればどうせ気を抜くだろうからと私が決めた。
「試験時間はいつまでだ?」
「七つ半までです」
「なんだ、あと半刻か」
私があれだけ指導してやったんだから、おそらく今の時点では不合格点ではないはず。残り半刻なら、それほどボロを出さずに終われそうだ。
「……また歩き回るんですか?」
「嫌そうな顔するな」
不満げに眉をひそめている。こっちもこっちで色々気に入らないことはあるというのに。
なんでこの美しい私が、こんなデカい女と連れ立って歩かなければならないのかとか。
なんで休日にまで授業のことを考えなければならないのかとか。
――逢い引きって言われてぬか喜びさせられたこととか!
運ばれてきた団子を食べながら、思い出して少し腹立たしい。
結局、葉太郎に言わせれば『男女で出かけるんだから逢い引きなんじゃない?』というだけの、本当にしょうもない思考回路で発されただけらしい。というか男女じゃなくて男二人だろうが、ふざけるな。
「まあでも、あと半刻ならここでしばらく時間を潰して帰ればちょうどいいだろう」
「やった!じゃなくて、そうですね!」
注意しようかと思ったが、まあすぐに自分で気づいて直したのでよしとするか。
葉太郎は安堵したような息をついて、ご機嫌に茶をすすった。そんなに嫌だったのかと問いただしたくなる。
同じように湯呑みに口をつけて、ふと思い出したのですぐに離した。
「あ、私買いたい本があったんだ」
「そうなんですか」
町に行くことになったから、ついでに寄ろうと思っていたんだった。すっかり忘れていた。
「ちょっと行ってくる」
「ついて行かなくても大丈夫ですか」
「すぐ戻るからいい。お前は待ってろ」
そう言い置いて、席を立った。気を付けて、と言われたが何に。
――って、そういう心配の仕方は男が女にするものだろうが。
既に背を向けているからもういいが、戻ったら言っておこう。

本屋で目当ての本を手に入れて、甘味処に戻る途中、最初に葉太郎が行きたがった店があった。虫とり網が壊れたとか言ってたっけ。
帰りに寄るか、と思いながら目を向けていた時、あーっという小さい子どもの声がした。
「いた!」
と声を上げて、一年生よりも幼く見える男の子が私の方に駆け寄ってきた。無関係だと思ったが、まっすぐこちらに向かってきて、しかも私の前で立ち止まった。よく見ると、さきほどの甘味処で親と一緒にいた子どもだ。
「な、なんだ」
「兄ちゃん大変!早く戻らなきゃ!」
「は?」
眉を寄せて首を傾げる。男の子は慌てた様子で私の腕をひっぱった。
「おい、なんなんだ一体」
「兄ちゃんの恋人がピンチだよ!」
恋人ってなんだよと言いかけて、そういえば今は葉太郎が女装中だったとすぐ思い当たった。予想はしていたが、やっぱり周囲には私達は恋仲に見えていたらしい。
――うーん。女装中じゃなきゃ嬉しいだろうが。
今のあいつと恋仲って言われてもなあ、と複雑な気分になっているうちに、男の子に手を引かれて、元の甘味処の近くまで戻っていた。
通りに面した席に座る葉太郎。その前にあまり素行のよろしくなさそうな男が二人。
――ああ、ピンチってこういう。
葉太郎は困ったように眉を下げて、縮こまったように肩をすくめていた。
「いいじゃないか、ちゃんと女らしい反応だ」
「ええ!?あの状況見てその感想!?」
男の子に言われて気が付いた。確かに、恋人が絡まれているのを見てこの反応はおかしかった。
――いや、でも、あいつ男だし。どちらかといえば武闘派だし。
「助けてあげなきゃ!困ってるよ!」
見れば通りを行く人々があの三人を気にしているらしい。この男の子も同じように、あれに声をかけるのは無理だと判断したのだろう。代わりに、本を買いに行くと言って出て行った恋人を呼びに走ってきたようだ。
「ああ、そうだな。報告ありがとう」
礼を言って軽く頭を撫で、面倒だと思いながら三人に近づいた。


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