01



ひゅっと飛んできた手裏剣を慌てて避けると、ちょうど俺の顔のあった場所に突き刺さった。恐ろしいことだ。
「あーまた失敗しちゃったー」
「なんで撃った手裏剣がこっちへ戻ってくるんだ!?」
冷や汗ものの手裏剣を撃ったきり丸に、土井先生が怒鳴る。そう言われてもー、と返すきり丸は、やはり罪悪感など微塵も無さそうだ。
「大丈夫ですか?森林先輩」
「なんとかね」
庄左ヱ門の言葉にへらっと苦笑して答える。
「こりゃ補習にもなるよねー」
そう言うと、一年は組のよい子達は一様にえへへ、と笑い、土井先生は深いため息を吐く。
「森林、見本を見せてやれ」
「はあい」
土井先生に言われて、懐から数枚の手裏剣を取り出す。
「ちゃんと見ておけよ。森林は、手裏剣の扱いについては、六年生にも引けを取らないほどだからな」
「いやー。それほどでもありますよー」
『それほどでもあるんですか!!』
よい子達の可愛らしい合唱を背中で聞きつつ、一枚目の手裏剣を撃った。
勿論、的のど真ん中しかありえない。
『おおー』
次に二枚同時、三枚同時、四枚同時。一枚目を囲むようにうずまき状に並べれば、すごーい、という歓声まで上がる。
「慣れればこのくらいできるようになるよー」
「森林の手裏剣投げは、姿勢から腰、腕、手首、指先まで完璧と言える。みんな、ちゃんと教えて貰え」
『はーい』
「はーい、土井先生」
「なんだ、喜三太」
他のみんなより少し遅いタイミングで手を上げたのは、さっきからぼやっと上を見ていた喜三太だった。正直話を聞いてるのかと疑っていたが、どうやら最初に質問をするくらい熱心に補習を受けているらしかった。感心感心。
「あれは鳥さんですかー?」
「補習の話じゃないのか!」
補習とは全く関係のない発言。土井先生が怒鳴った。感心して損した。
「もー、喜三太。真面目にやらないと」
「えー、でも〜」
隣の金吾が諌めても未だ上を見続けている。なにがそんなに気になっているのだろう。
喜三太にならって上を見上げてみた。今日はとても天気がいい晴れだ。
「……ん?」
『なにあれ?』
不思議なものを見つけ、少し目を細める。
「なんだ、みんなして何を……」
土井先生も含め、その場の全員が空を見上げる。

「鳥さんにしては大きいですよねー」

空に浮かぶ一つの影。普通の鳥の倍以上ありそうな影である。
形がそもそも鳥ではない。太い胴に、細い枝みたいなのが四つ、小さな出っ張りが一つくっついている。羽ばたいている様子もない。静止したままで徐々に大きくなってくる。逆光でわからなかった色が少し判別できるようになって、小さな出っ張りにキラリとした明るい茶色が陽光を透かしているのがわかった。その茶色ははらりと広がっているようだった。

「――人?」

誰かが呟いて、一気にその場が騒然とした。
「えー、人!?」
「どこから落ちてくるのさー!」
「っていうか、どうしよう!」
「助けなきゃ!?」
人間が空から落ちてきた?そんなおとぎ話じゃあるまいし。
騒ぐ生徒達に、土井先生が大きな声で指示を出した。
「落ち着け!危ないからお前達は下がっていなさい!」
「土井先生どうするの!?」
「あの高さから地面に落ちたらひとたまりもないぞ……森林、生徒達が近づかないように避難させてくれ!」
「わかりました」
騒ぐよい子達に声をかけて、興味津々に動かない子の襟首を掴んで、わあわあと退避する。その間に落ちてきた影はもうすぐ土井先生にぶつかろうとしていた。
最悪骨折じゃ済まないという予想は簡単につく。背筋がひやりとする感覚を感じ、よい子達と共に心配ばかりして土井先生の様子を伺っていたが――
「――え」
予想もしていなかった光景を見て目を見開いて、土井先生が影を受け止めるのを確認した。
すぐによい子達が騒ぎながら土井先生に駆け寄った。俺はと言えば、先程の光景を思い返して眉をひそめていた。
「なに、今の!」
「ふわってしたよー!」
「なんで?」
よい子達の後に続いて、同じように不審を顔に浮かべる土井先生に近寄った。
「土井先生、今のは一体……?」
「わからん……」
影は、どういう原理か土井先生にぶつかる直前に一瞬ふわりと浮き上がり、それから緩やかな速度で彼の腕に収まったのだ。
俺達が落ちてきた影を観察しつつ首を傾げる横で、よい子達はきゃいきゃいと興奮気味である。
「女の人だ」
「綺麗な着物だねー……」
「でもこれ、変な着物だね?」
「南蛮のものかな」
彼らの言う通り、影は明るい茶色の長髪をもった、華奢な女だった。高級そうな真っ白い衣装は着物ではなく、袖のない薄手のもの。肩から腕にかけて視線を走らせると、その肌には傷一つないように見えた。町娘でも炊事なんかで荒れているだろう手も、やたらに綺麗だ。目は閉じられていて、これほど騒いで反応がないということは、眠っているか気を失っているか。前者ならよほど呑気なことだが。
「あ、もしかしてこの人!」
しんべヱがのんびりした口調で声を上げた。目を向けると、彼は小さな目をきらきらと輝かせて。

「――天女様じゃない!?」

と、言った。



前<<>>次

[3/55]

>>目次
>>夢