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探し人は学園の隅の方で丸まった状態で見つかった。人目を浴びることが大好きな奴なのだが、ここ二日の急激な運動で疲れ果てているらしいとは彼のクラスメイトから聞いた。
「滝夜叉丸、こんなところにいたのー」
「っ……葉太郎?」
声をかけるとがばっと顔をあげて、俺だと気づいて目を瞬かせた。
「まさかあんたがこんなとこに居るなんて思わなかったよー。校庭にでもいてくれたらすぐ見つかったのに」
普段はでかい態度で学園中を練り歩き自画自賛を披露していて、あまり良くない意味で目立っているくせに。
滝夜叉丸は俺の言葉に大した反応もせず、眉を寄せて俺が歩み寄るのを見ていた。
「七松先輩が探してたよ」
「なに!どこで……」
七松先輩の名前を出すと彼は慌てて立ち上がった。一転して焦った表情。思わず笑ってしまう。
「滝夜叉丸は今日はお休みですって言っておいたよ」
「へ?」
そう言うと滝夜叉丸はきょとんとした顔で目を丸くした。
「滝夜叉丸には悪いことをしたからねー。お詫びに」
「なんの話だ?」
「一昨日の話」
まだ首を傾げているので、苦笑しながら説明した。
「天川さんと一緒にいたところを七松先輩が無理に連れ出したんでしょ?原因の一端は俺にもあるようなものだから、申し訳ないなって」
「ああ、そういうことか」
別に気にしてないんだが、と言ってくれた。自己主張の激しさから人に嫌煙されがちな滝夜叉丸だが、普通に話している分にはいい奴なのだ。
「まあ、別に体育委員の活動など私にかかれば大したものでもないのだが、人の厚意は無下にも出来んからな!そういうことなら今日は私は大人しく部屋で休んでいるとしよう」
つまり、本当は疲れたから部屋で休みたかったのか。しかし部屋にいては七松先輩に見つかって、三日連続のいけどんマラソン参加となるためこうして隠れていたわけだ。ただでさえ元気が有り余ってる七松先輩。しかも一昨日から急激にやる気を出し始めたため、普通の人間ではその勢いについていけないのだろう。
「あのさ、滝夜叉丸、ちょっと頼み事があるんだけど」
「ん?なんだ?」
「天川さんのとこに行ってくれるかなって」
滝夜叉丸はそう聞いて不機嫌そうに顔をしかめた。
「……姫美さんのところに行きたいのは山々だが、今日は六年生が周りを固めているから近づけないのだ」
「ああ、それは大丈夫だと思う。食満先輩のことなんだよ」
「食満先輩?そういえばまだ入院中なんだったか」
「そろそろ部屋には戻れるんだけどね」
学園一の武闘派と言われる彼のことだから、下手に部屋に帰すと安静にしてくれるか怪しいと考えて、念のため入院期間を引き延ばしているだけだ。
「食満先輩が久しぶりに天川さんに会いたいって言うんだけど、あまり野放しにしたくなくてね」
「先輩に対して野放しなんて言い方するもんじゃないぞ」
「ああそうだね。で、誰かついて行こうってことになって。本来は保健委員が責任を持ってついているべきなんだろうけど、今は下級生しかいないし。ほら、潮江先輩と喧嘩なんて始められたら下級生じゃ止められないでしょ?」
「確かに、お二人の喧嘩は下級生には手に負えんだろうな」
滝夜叉丸は納得したように頷く。まあ実際は別に下級生でも大丈夫なんだけど。食満先輩も潮江先輩も、後輩に止められたら冷静になるだろうから。
「なるほど、それでこの優秀な滝夜叉丸なら、お二人の喧嘩も止めることができると考えたわけか」
「え、ああうん」
そこはそんなに重要なポイントだとは思ってなかったけど、嬉しそうだからそういうことにしておこう。
「それなら頼まれようじゃないか。七松先輩から遠ざけてもらった恩もあるしな」
「やっぱり体育委員きつかったんだー」
「そっ、そんなことは!はは、それより、早く食満先輩をお迎えに行こうじゃないか!」
「そうだねー」
なんだか急に焦った様子で歩き出した滝夜叉丸の後に続く。
ぶっちゃけると、滝夜叉丸を選んだのは別に食満先輩と潮江先輩の喧嘩を止めてくれると期待したわけではない。とりあえず誰かついて行く必要があるのは事実なのだが、ちゃんと仕事をしてくれるなら誰でもよかったし。
保健委員が全員天川さんのところに行きたがらなかったというのも一因だ。
もう一つの理由は。
――体育委員の生徒が天川さんから離れて二日目だったからだ。

この日の朝、竹谷先輩と食堂に向かっている途中で尾浜先輩と会った。ちなみに五年長屋の裏口を通ったが、やはり鉢屋先輩達が待ち伏せているということはなかった。
「――昨日聞いたんだけど」
と、尾浜先輩は真剣な顔で話し始めた。
「中在家先輩と二年の池田と能勢は、四日間天川姫美と話していない間に、あの人を嫌いになったんだってね」
「え、そうなのか」
竹谷先輩がそういう反応をしたので、あれ、と思って口に出した。
「話してませんでしたっけ?」
「え、森林知ってたの!?」
「知ってましたよー。この間聞きました」
ちなみに富松と三反田は二日です、と補足すると、二人は非難がましい目を俺に向けた。
「というか、尾浜先輩は天川さんのことまだ気にしてたんですね」
「当たり前でしょ。だって兵助達はまだあの人のことが好きなんだよ?」
「いいじゃないですか。誰を好きになっても人の勝手でしょう」
「……でもあの人はだめ」
尾浜先輩は顔をしかめて小さな声で言った。竹谷先輩も眉を下げている。なかなかこの二人の心境も複雑なのだろう。
「僕らは何日会ってなかったんだっけ?」
「天川とか?」
「三日だって言ってましたよ」
と言うと、竹谷先輩が意外だ、と呟いた。
「葉太郎、覚えてたのか」
「ええ、まあ」
「やっぱり何かあると思う?」
尾浜先輩が聞いたので、うーん、と少し考える。
何かあると思って覚えていたというより、単純に共通点として気に留めていただけだ。そもそも、みんなが何故急に天川さんを嫌ったのかということをそこまで真剣に考える気がない。
「まあ、共通点ですし、何かはあるんでしょうね」
「一番短いのは二日、ということは二日会わなければ嫌いになるとか?」
「そんな簡単に……ありえるかなあ」
竹谷先輩の言葉に尾浜先輩は眉をひそめる。
二日か三日かという話ではなく、そもそも何もないのに人が人を嫌いになるということが奇妙なのだ。会って話していなかったということは、彼らが天川さんを嫌いになるような出来事はなにも起こってないはずなのである。
「もしそうだとすれば……」
と、竹谷先輩が顎に手を当てて、低い声で言った。
「……体育委員は、今日の放課後で二日経つ」

二日会わなければ嫌いになる、という仮説は正しいかどうか。滝夜叉丸には悪いが、実験させていただこう。ちょうど一昨日天川さんと一緒にいるのを邪魔された滝夜叉丸に、お詫びと称して今日行ってもらうのは自然な展開なはず。食満先輩まで持ち出したのだから。
「……どうなるでしょう、食満先輩」
富松が不安そうに呟いた。
未だに下級生しかいない委員会はみんなで手伝いをしようということになっている。なんだかんだと長く世話してきた用具委員の手伝いは俺が担当だ。なんならこのまま用具委員に入っても違和感ないんじゃないかと尾浜先輩に笑われた。
「食満先輩はみんなが大変だったの知ってるし、天川さんとまた話すようになっても、今度はちゃんと委員会に来てくれるよ」
「……だといいんですけど」
富松は晴れない表情のまま、もう少し資材を持ってきます、と倉庫に向かって行った。
ちょうど一週間前に食満先輩のことでばたばたして放置していたアヒルさんボートの修理をしている。今回は富松がいるので、使ってもいないのに十日足らずで壊れるようなやわなアヒルさんにはならないはずだ。
「ねえ、森林先輩」
声の方を見ると、一年生三人がじっと俺を見上げていた。
「なに?」
「先輩、食満先輩が戻って来たらもう来てくれないんですかぁ?」
喜三太の質問に驚いてしまって何も言わないでいると、平太がぽつぽつと話し出した。
「先輩、ずっと手伝ってくれて……僕達とても助かって……」
「先輩が来てくれなくなったら、寂しいです!」
しんべヱが言って、他の二人もうんうんと頷いた。
「みんな……」
「僕達先輩のこと大好きですよ!立花先輩とか鉢屋先輩とか、今先輩のこと悪く言う人がいるけど、先輩はとても優しくて頼りになる先輩です!」
「しんべヱの言う通りです!食満先輩達がいなくなってから、一番に助けてくれて、一緒にいてくれたのは先輩ですから!」
「ぼ、僕も、先輩が好きです。泣いて困らせてごめんなさい……でも、先輩といると安心して、それで……とっても楽しいです……!」
それぞれがそれぞれの言葉で俺を慕う言葉をくれる。は組の二人は笑っていて、平太はなんだか泣きそうだ。それを見ていて、思わず頬が緩んだ。
「ありがとう、しんべヱ、喜三太、平太」
――最近少し疲れていたんだ。
――たくさんの人達が前のように戻ってくれたけど、彼らはずっとぴりぴりしていて。
――俺も心にもないことを口走ってしまって、それを責められるのも肯定されるのも嫌なんだ。
「――俺もう少し頑張れそうだ」
そう言って微笑むと、三人はふと顔を見合わせて小さく首を傾げたが、すぐに俺を見上げて笑った。
『先輩なら大丈夫です!』
――後輩に元気づけられるなんて、情けないけど気分は悪くない。

食満先輩と滝夜叉丸は、青い顔をして夕食前になって戻ってきた。互いに相手は天川さんと一緒にいたいのだと気を使って、離れられなかったそうだ。気のいい同士というのもなかなかに面倒くさい。
――つまり、食満先輩と滝夜叉丸も天川さんのことを嫌いになったのだ。



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