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学園長の以前からのお気に入りらしい団子屋で、頼まれた量の団子を買って包んでもらったが、かなりの金が残った。学園長は金に頓着しないのだろうか。こうやって度々おつかいの駄賃に必要以上に金をやってるなら、三木ヱ門達会計委員が連日大変そうに収支の計算をしているのも頷けるだろうか。
まあでも、良いと言われたのだから好きに使わせてもらおう。三木ヱ門と二人で甘味処に行って席に座り、あんみつを一つずつと団子を一皿頼んだ。
他愛ない会話をした。この前の実習中のちょっとした失敗の話とか、授業中に座学担当の先生が咳した数を数えていた話とか。三木ヱ門はそれを聞きながら、自分は実習を相変わらずの優秀な成績で終わらせたと得意気に言ったり、先生に当てられてまともに答えられなかったのはそのためかと呆れたり。俺は三木ヱ門がそんなことを覚えていたのにちょっと嬉しくなったり。
久しぶりにこんなに穏やかに会話した。最近の俺は本当にピリピリしていたのだなと感じる。今もあまり心穏やかではないけれど。
三木ヱ門が頬を高潮させて話している。天川さんがまだ食事の準備に手間取っているとか、この前上級生と天川さんで町に出たとか。俺はそれを聞きながら、やっぱりあまり要領の良い人じゃないんだと笑ったり、それは随分目立ったろうねとやっぱり笑う。
三木ヱ門が言った。
「お前が楽しそうで安心した」
三木ヱ門は俺の隠した本心に気づかない。欠片も感じ取れない。
「三木ヱ門も楽しそうでよかった」
俺は気づいているよ。たまに笑顔の合間にふと無表情になって、ちらりと下を向く。
――天川さんと一緒が良いんだよね。俺で申し訳ないね。
でもそんなことを三木ヱ門に謝りたくなかったから、黙っているんだけどね。

甘味処から出て、俺の買い物も終わった。帰り道に市の並ぶ通りをゆったり歩いていると、三木ヱ門が足を止めた。どうしたのか聞くと、ちょっと寄っていいか、と織物屋が出している店を指した。
様々な色や模様の施された織物で作られた小物の類が、賑やかにならんでいる。店番をしている娘が、これらは使えなくなった布の切れ端などを使って作っているのだと説明した。
三木ヱ門が熱心に女物の小物を見繕い始めた。予想はついてたけど、と思いながら、俺は隅の方にいくつかだけ置いてある男物の結紐などを眺めた。
ふと、赤い結紐に目を留めた。ちらちらと金の刺繍かされている随分目立つ代物だったが、明るい柿色に思わず、三木ヱ門に似合いそうと思ってしまった。かといって贈るような勇気もなければ、そんな関係でもないんだけど。
「何かお気に召されましたか?」
娘が笑顔で問いかけてきた。はあ、と曖昧に笑って返す。
「すみませんねえ。女物ばかりで、品揃えが悪いでしょう?」
「そんなこと。どれも綺麗で目移りしてしまいます」
そう言うと、娘は微笑んで礼を述べた。それからちらりと視線を動かしたのでそれを追うと、真剣な表情をして左の手を顎に軽く当てて考え込んでいる三木ヱ門がいた。
「あちらの方とはご友人ですか?」
「そうですけど」
「贈り物かしら」
娘の目がうっとりとしているのを見て、ああ、と気づいた。三木ヱ門はよく『喋らなければ繊細な人形のよう』と称される程に美しい顔をしている。俺は喋ってる三木ヱ門も好きだけど。
「愛する人、に贈るのだと思います」
「まあ、素敵」
娘は顔を少し赤くして笑った。俺も同じように笑う。あたかも『友人の幸せそうなのが微笑ましい』というように。
「これ、もらえますか?」
「あ、はい。こちらの結紐でよろしいですか?」
「はい」
あの柿色の結紐を差し出せば、娘ははっとした様子でそれを受け取った。
「あら、でもお客様なら別の色がお似合いになりそうですのに。こちらの桜色のなどいかがでしょう?」
「いえ、それで。贈り物のつもりなんです」
「あら、出すぎた真似を。失礼しました」
適当な嘘をついてしまった。娘は謝って、いくらですと会計を済ませた。
三木ヱ門の方を見ると、まだ迷っている様子。熱心だなあと素直に感心する。俺なんてぱっと思いついて深く考えもせずに買ってしまった。自分で使う気もなければ、贈る気もないのに。
やがて三木ヱ門は簪を一本選んだ。木でできたよくある玉簪だが、大ぶりの飾り玉には茜色に小さい花が白抜きされたちりめんが巻いてある、可愛らしい物だった。
「ありがとうございます。きっと恋人様も喜ばれますわ」
「はっ?」
娘が会計の後ににこにこと笑って言うと、三木ヱ門は驚いた顔で娘を見、それからばっと俺の方を見た。告げ口したのに気づいたらしい。
違いますから!と慌てて言い置いて、三木ヱ門は顔を赤くしたまま俺の肩を力一杯叩いて先を歩き始めた。娘が後ろでまたいらしてください、と声を上げていたのを聞きながら、俺も三木ヱ門の後を追いかけた。

学園に大分近くなったとき。三木ヱ門がふと俺の手の中を見て言った。
「……お前もあの店で買ったのか」
「あ、これ?三木ヱ門が時間かけるから、暇で思わずねー」
薄い包みをひらりとさせて答える。三木ヱ門は、ふうん、とだけ言って少し黙った。それに首を傾げていると、また口を開いた。
「贈り物か?」
「うーん……どうだろう」
「なんだ、その返事は」
「いや、自分のために買ったわけではないんだけど……。かといって相手に送るのもなーって」
俺の煮え切らない反応に眉をひそめて、三木ヱ門は言った。
「さっき言ってた、好きな相手に買ったのだろう?」
「え。よくわかったね」
目を瞬かせると、三木ヱ門はふんと鼻を鳴らした。
「でも、あげても困るだけだろうから」
「そんなことないだろう」
「そんなことあるよー」
苦笑すると、三木ヱ門は一層不可解そうな顔をした。どこか不機嫌そうでもあった。
「贈ればいいだろ。喜ばれるぞ」
「困るだけだよー。それにそんな関係でもないし」
「そんなもの、これからそういう関係を築いていくんだよ。お前案外奥手なんだな」
「えー」
否定はできない。人間関係については、かなり苦手だという自覚はある。
「……私は、お前は自信を持っていいと思うが」
「え、急になに」
三木ヱ門は構わず続けた。
「お前は、性格も良いし顔も悪くないし、座学は並よりできるし実技は得意だ」
「え」
「まあ学園のアイドルたる私には劣るが!」
三木ヱ門はなんでもない風にいつも通り締めくくったが、その横顔は少し赤い。
「やめてよー。照れるから」
「だから変に尻込みしてないで積極的になればいい」
……まさか三木ヱ門がアドバイスなんかするとは思ってもみなかった。
――少し、腹が立つ。
「ありがとう、でもいいよ。相手も好きな人がいるんだって」
「そんなもの気にしていては成功しないぞ」
「どっちにしろ無理だよ」
だって三木ヱ門はあの天川さんを愛していて、そうでなくても好きな人がいて、俺の事なんて完全に対象外でしょ?
歩く速度が遅くなっていたらしい。三木ヱ門の横顔は見えなくなった。
「わからないじゃないか。もしかしたら成功するかもしれない」
「しないよ。俺なんか眼中に無いもの」
「意識されてないだけじゃないのか。もっとアピールしたらどうだ」
――なんで三木ヱ門はそんなに俺の恋愛を後押しするわけ?
それこそまったく眼中に無いって証拠。そりゃ意識なんてしてないよね。クラスメイトで、同室で、友人なんだから。まったく、そんなこと想像もしてないよね。
――本当に腹が立ってきた。こっちの気も知らないで!
「いいよそんなの。相手を困らせるだけだ。三木ヱ門は気にしないで」
「気になるに決まってるだろ」
少し怒ったような口調で言われた。更に苛立つ。なんなのそれ、野次馬根性?
「三木ヱ門には関係ないでしょ」
「関係ないって……とにかく、お前がその恋を成功させてくれないと困る!」
――意味がわからない。
ぴたりと立ち止まると、三木ヱ門も数歩進んで立ち止まった。何してるんだ、とふり返った。そんな彼の目を睨むようにして俺は言った。
「――じゃあ、三木ヱ門は俺を受け入れてくれるの?」
三木ヱ門は目を見開いて固まった。それを見つめながら頭の奥から冷めた声が響いた。やっちまったな。
三木ヱ門は二、三度ほど口を開いて閉じて、それからやっと声を出した。
「――冗談だろう?」
眉は下がっていて、目は俺から逸らされた。少し俯きがちになった顔は、頬を少しひきつらせて片方の口の端を無理に上げた、歪な笑みのようなものを浮かべていた。困りきった顔。
ああ終わりだな、と思った。彼は俺が本気だということを理解しただろう。

* *

葉太郎は苦笑した。
「ごめん、変なこと言った。気にしないでいいよ」
そのまま歩き出した葉太郎は、未だ立ち尽くす私の横を通ってすれ違った。目は合わない。
――私の浅ましい思いは伝わらなかっただろうか。
――葉太郎と姫美さんのどちらかを選ぶことができなかった、情けない私には気づかなかっただろうか。
葉太郎の、今まで見たことのないような自嘲を含んだ笑みと私を睨む目で、冗談ではないことは明白だった。
私はただ、私の恋心の終焉を見たくて葉太郎をけしかけただけだった。終焉どころか、これでは。
冗談だと笑って答えを出さずに済まないものかと浅はかに策略を巡らしたことは無意味だった。
その証拠は、葉太郎が私を放って歩いていくこと。いつも私が立ち止まれば、すぐに同じように止まって、微笑んで、どうしたのってふり返るのに。
――どうして今更こんなことを言うんだ。
――もっと早くに言ってくれれば、私は決してお前から手を離さなかったのに。

[あとがき]



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