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あの人達は一人も戻って来ない。その上頼りにしていた三木ヱ門と孫兵も居なくなってしまった。二人がいなくなって、三日経った。
今日も三木ヱ門とまともに話していなかった。俺が朝起きた時には既に三木ヱ門は起きていて、姫美さんにみっともない恰好では会えない、なんて言いながら鏡と睨み合っていた。その間に話しかけても生返事しか得られないのはよく知っている。俺が身支度を終える頃、ようやく自分の身なりに満足して、行ってくる、と足取り軽やかに食堂に向かっていく。夜自室に帰れば、すでに眠りについている。美容のためかなと思えば必死さが可愛いとも思うけど、素直に喜べるはずもない。
各委員会の活動はかなり厳しい状況になっていた。三木ヱ門までいなくなってしまって、なんとなく全てが面倒になっていた俺。無気力ながら後輩達の手伝いは続けていたけれど、以前ほど熱心には出来ていないと自覚している。さすがに後輩達に気づかれてはいないだろうけど。

ついに委員会の手伝いをする上級生が俺だけになってしまったので、俺は以前に増して忙しくしていた。一日のうちにいくつかの委員会を回り、定刻になれば飼育小屋に行って餌やりと掃除をする必要があった。
今日は作法委員が学園中の罠の確認をしなければならないというので、それについていた。一年生ながら罠については優秀な兵太夫がいるのであまり心配はないが、怪我などした時に一年生だけでは心配だから。
全ての罠を見回り、特に異常がなかったのを確認して作法室に戻った。その作法室の前には三治郎と孫次郎がいた。生物達の世話の時間らしい。
「あ、おかえりー兵太夫、伝七、先輩」
「お疲れ様……」
三治郎達がそう言って笑った。この二人はよく笑う。案外これに癒されている部分もある。
「生物委員?」
「はい」
「お願いします……」
「そう。じゃあ行こうかー」
と、三治郎達と飼育小屋に向かおうとした時。
「――伝七?」
装束をぎゅうっと掴まれたのに気がついて振り返ると、伝七が眉を寄せて両手で俺の装束を掴んでいた。
「伝七、何してんだよ」
「……」
兵太夫が諌めるように言っても、何も答えない。装束を掴む力が強くなったのがわかった。
「どうしたの」
「……」
俺が尋ねても同じだった。ずっと無言のまま、視線は床に落としたまま。
「伝七!先輩は忙しいんだから、やめなよ!」
「兵太夫、いいよ別に」
「よくない!」
兵太夫が怒ったように声を上げて伝七の手を掴み、俺の装束を放させようとした。
「おい、伝七!」
「ちょ、兵太夫」
三治郎が慌てて兵太夫に声をかけて落ち着くように言う。それでも兵太夫は怒ったままだし、伝七は手を放そうとしない。
「伝七、とりあえず放して。どうしたのか言ってくれないと――」
思わず言葉に詰まったのは、少し顔を上げた伝七の目に涙が溜まっていたのを見たからだった。
ぎょっとして動きを止めていると、伝七は装束を掴んだまま俺の背中に顔を押し付けるようにして泣きだした。しゃくり上げるような声がしたのでそうだとわかった。
「伝七……?」
孫次郎が心配そうに眉を下げるが、どうすれば良いのかわからないといった様子で俺に目を向けた。俺に頼られても困るんだけど。
「伝七やめろってば!」
「兵太夫!」
なおも怒ったように伝七に掴みかかろうとする兵太夫は、三治郎がなんとか抑えている。この兵太夫の様子も何かおかしい。本当に、どうしたのか。
「兵太夫やめなって!伝七泣いてるじゃない!」
「なんでお前が泣くのさ!やめろよ!普段いばってるくせにこんな、」
兵太夫の声が震え始めたと思ったら。
「こんな時ばっかり、さぁ……!もう……!」
「へ、ちょ、兵太夫?」
兵太夫まで顔を歪めて泣き出してしまった。こちらはわあわあと声を上げて泣いている。未だに装束を強く掴んで放さない伝七もあれだけど、この兵太夫の泣き方も非常に困る。
「ちょっと、もう、二人ともどうしたの?なんなの」
どうすれば良いのかわからず、とりあえず問いかけてみてもこんな二人がまともに答えられるわけもない。
「……う、ひぅ……」
「え!?孫次郎!?」
そうかと思ったら孫次郎がひくひくとしゃくり上げるように泣き出した。え、まじで。なに。もらい泣き?ちょっと待ってよ!
「みんなどうしたの?泣かないでよおー」
三治郎がそんな三人に困り果てて、それぞれに声をかけている。孫次郎まで伝七と同じように俺の装束を掴んだ。とりあえず二人の頭を撫でてみるけど、逆に肩の震えが大きくなるしさらに泣いてしまったようだ。兵太夫は顔が赤くなっているし、袖でごしごしこするものだから目元が随分赤くなっている。三治郎もついに顔が歪み始めて、目にはもう溢れてしまいそうなほど涙が溜まっている。
――もう、なんか俺も泣きたくなってきた。
ついに三治郎も兵太夫に抱きついて泣き出してしまい、その二人は廊下に座り込んで声を上げて泣く。子どもが四人一気に泣き出した時の対処なんて俺は知らない。一人でも相当狼狽えるのに、四人なんてどうしろと。
とにかく泣かないでよとかどうしたのとか声をかけながら、軽く涙目になって立ち尽くしていると、ぱたぱたと走ってくる音がした。
「どうしたの?」
「森林先輩――って、どういう状況ですか!?」
廊下を曲がって現れたのは、庄左ヱ門と彦四郎の二人だった。
「あ!いいところに!ちょ、この子達どうしたらいいの!?」
「兵太夫と三治郎だけかと思いましたが、あと二人いるみたいですね」
「庄左ヱ門!そんな冷静にしてる場合じゃないよ!」
彦四郎が声を上げると、庄左ヱ門は少し考えるようにしてから、指示を出した。
「彦四郎はとりあえず川西左近先輩を連れてきて。僕は森林先輩と一緒に医務室に行くから」
「わ、わかった!」
彦四郎は慌てて頷くと、医務室に向かって走っていった。
俺は庄左ヱ門と一緒に泣き続ける四人をなだめながら移動し始めた。途中で左近と彦四郎が合流したので、孫次郎は左近に任せてしまった。は組の二人は学級委員の二人が手を引いていた。
背中に張り付いたまま俺について歩く伝七に、どうしたのかと声をかけてもやはり何も答えなかった。

* *

伝七は、泣いてしまったら大分気が落ち着いた。
それでも泣いた理由を正直に話す気にはなれなくて黙ったままでいた。
なぜか葉太郎が自身の委員会委員長、立花仙蔵であるように見えてしまったなんて。
葉太郎は四年生の中で頭一つ抜きん出た身長がある。見上げれば仙蔵の背丈に似たように見えたのだろうと思う。実際の身長はむしろ仙蔵の方が低いくらいだ。葉太郎を憎らしげに見る仙蔵を見たのは随分前になってしまった。
兵太夫が泣いたのは、単純な理由だ。伝七が泣いたから、それだけだった。
なんとなく伝七の思いもわかったけど、それよりも伝七が泣いたという事実に衝撃を受けた。
普段からい組は組で張り合っているようなところがあるから、今回もなんとなくそんな感じだった。伝七が弱音を吐くまでは、自分も気丈に振舞わなければならなかった。
だから、伝七が泣いた今、彼が堰をきったように泣き出したのも、当然だった。
他の二人は単純なもらい泣きであったが、根底にはやはり最近の状況がちらつく。平時であれば、彼らだってもらい泣きなんかをするほど子どもではないのだ。

彼らはずっと我慢をしていて、その限界が来ただけだった。

[あとがき]



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