20



用具委員の手伝いに行くと、一年生の装束が四つ並んでいたので首を傾げる。
「おーい」
「あ!森林先輩ー!」
声をかけると、その四人は振り返り、しんべヱが真っ先に俺の名前を読んだ。喜三太と平太の隣にいたのは、金吾だった。
「どうして金吾が?」
「手伝いに来ました」
用具倉庫の武器の手入れをしていたようだった。しんべヱと平太が苦無を持ち、金吾と喜三太は刀を持っていた。
「武器の手入れなんて危ないだろー」
「大丈夫ですよー。慣れてます」
「苦無はともかく、刀はやめときなって」
暗器として苦無の扱いは授業でもよく習うが、真剣の扱いは一年生では慣れないだろう。適当なことを。
「僕は刀の扱いには慣れてますので、手伝いますよ」
「そうなの?」
「金吾のお父さんは武士なんですよ!」
「へえーそうなんだ」
何故か喜三太が誇らしげだ。どっちにしろ喜三太は駄目、と苦無組にいれ、刀は俺が引き継いだ。
「今日はどうして金吾が手伝ってるの?」
「教室を出るときに暇そうにしてたので、連れてきたんです〜」
喜三太が笑った。同室のよしみか、特に文句も言わずに付き合ってくれている金吾に偉いなあ、と笑うと少し照れたように笑った。
しばらく五人でお喋りしながら作業を続けていると、四半刻ほどで苦無組の作業が全て終わった。
「倉庫で他にする事ないか探してきます!」
と、三人が苦無を持って走っていった。
「元気だなー一年生は」
「なにご老人みたいな事言ってるんですか」
ぼやくと金吾が笑った。
「……金吾さー、みんなから何か聞いてない?」
「何か?」
金吾が首を傾げて問う。質問が漠然としすぎたか、と反省。
「いや……俺達、って三木ヱ門とか孫兵とか、あと左近とか?その辺りの人間がさ、聞いても、何も言ってくれないっていうか、こう、気を遣ってるかなーって思うっていうか……こういう聞き方は良くないかな」
「ああ、いえ、言いたいことはわかります」
内容が内容なので図らずもたどたどしい言い方になってしまった。金吾は首を振って大丈夫です、と言う。
「なんか、今の状況でみんな不安だろうに、普通に見えるから聞くに聞けないっていうか。こんなこと相談されても、金吾も困ると思うけど」
「まあ、確かに少し困りますけどね」
苦笑する金吾にごめんね、と言う。
「……みんな不安そうにしてます」
金吾が言いにくそうにぽつぽつ話しだした。
「他の先輩方とか先生方とか、あと手の空いてるクラスメイトが手伝いに来てくれたり、そうやっていつもと違うメンバーで騒いでるのも楽しいって言ってましたけど……やっぱりいつもと違うって困ってるみたいです」
「……そっかー」
先ほど走って行った三人も、保健委員のみんなも、たまに顔を出してみる他の委員の子達も、そんな表情はあまり見せてくれない。
「――でも、僕、それでもみんなが羨ましいなって思っちゃって」
「……そっか、金吾は体育委員だもんね」
メンバーが変わって、先輩が来なくても、活動が出来るというだけでも羨ましいのだろうか。体育委員の仕事は一年生一人で出来るものではないし、誰かが参加しようにも、七松先輩の代わりが務まるような人はいなかったのだ。
「ごめんね、体育委員の活動させてあげられなくて」
「い、いえ!そんなこと言いたい訳じゃないです!先輩方だって今の形で手一杯なの、知ってますよ。それでも時間を作ってよく委員会やってくれるって、喜三太が言ってました」
そこまで言って、金吾は急に言葉を止め、黙り込んでしまった。
「……金吾?」
「……あの、実は僕、今日先輩に相談したいことがあって、用具委員の手伝いに来たんです」
「え、俺?」
驚いて尋ねると、こくんと頷いた。
「先輩なら、僕の感覚もわかるんじゃないかと思って」
「うーん、俺にわかることならいいんだけど」
よりによって俺?喜三太が懐いてるから、相談しやすそうだと思ったのかな。でも今の口ぶりではそういうわけでもなさそうだ。
「なに?」
「……姫美さんのことなんですけど」
一年生が天川さんの話を出したのに違和感を感じてしまった。もともと天川さんに興味を持っていたのは一年は組なんだから、金吾が彼女の名前を出しても特におかしくはないはずなのに。やっぱり一年生は最近天川さんのことを遠巻きにしていると改めて思う。
「先輩は姫美さんをどう思ってますか?」
昨日先生達に受けた質問と似ているなー、と思う。
「金吾はどうなの?」
「……」
まさか本当に俺の心情を聞きたいわけではないだろう。彼も早く相談事に入りたいはずだ。答えずに聞き返すと、やっぱり何かを言おうとして黙った。
「金吾がどう思っていても、俺は気にしないよ。孫兵なんか、はっきりあの人は気味悪いって言っちゃうし」
「伊賀崎先輩は言いそうですね」
金吾はそう苦笑して、小さく息をつくと、こう言った。
「僕、姫美さんのことが少し怖いんです」
「……怖い?」
初めて聞いた意見に、目を丸くする。天川さんのどこが怖いと称されるのか全く検討もつかない。
「周りに先輩達がたくさんいるから?」
「それもありますけど……なんとなく、怖いなって」
「天川さん自身が?……わからないなー。武術は心得てないし、性格も怖いって感じじゃないと思うけど」
「僕も元々そう思ってたんですけど……いつの間にかです」
自分でもよくわからないらしい。先輩はそんなことないですか?と聞かれるけど、首を振るしかなかった。
「森林先輩ならって思ったんですけど」
「なんで俺なの?」
「前まで姫美さんと仲良かったから」
「ああ。確かに最近話してないなー。別に仲悪くなったわけじゃないから、怖くはないよ」
「そうですか……」
落胆したように肩を落とす金吾に、気になったことを問う。
「金吾は、仲良かったのに怖くなったってこと?」
「……僕、ちょっとの間だけあの先輩方の中にいたんですよ」
えっと声をあげて驚いてしまった。それは知らなかった。
「いつ頃?」
「かなり前ですよ。えっと……いつだったかな」
「あの一団ができた頃?」
「その前です。姫美さんの周りに人が増えてきて、それで離れたんです」
ということは、俺が彼らを気にし始める前のことかもしれない。
あの一団から抜けた人間がいたなんて。あれは増えるだけだと思っていた。この前からは増えてないみたいだけど。少なくとも俺が知っている限りは、人が減るということはなかったように思う。なんで金吾だけが?
「あの中にいたときは、確かに姫美さんのことが好きだったんです。優しくて、子どもみたいな人だから僕ともよくお話してくれました」
「うん」
「でも、一度離れてみると、なんであんなに好きだったのかって不思議で仕方ありません。むしろ怖いって思うくらい」
「その感覚の変わり方は、なんなんだろ」
「先輩も、仲良くしてたのから離れたわけじゃないですか。この感じがわかるかなって思ったんです」
「申し訳ないけど、わからないよ。俺は今でも天川さんはいい人だと思うし」
「いい人……全然違いますね。僕、姫美さんが何を考えてるかわからなくて得体のしれない、良くないものに見えるんです」
そこまで言うほどの感覚なのか。俺が黙り込むと、金吾もなにも話さなくなり、そうしてしばらく二人とも無言でいると、用具委員の三人がアヒルさんの頭を持って戻ってきた。
「先輩!アヒルさんボートが壊れてるの忘れてました〜」
「三つ壊れちゃって、あと一つしか残ってません!」
「直すの手伝ってください……」
「それは早急になんとかしないとねー」
あと二本で終わりだから待っててね、と言うとはーい、といい返事が返ってきた。
「森林先輩、ありがとうございました。話したら気が楽になりました」
「ま、悩みなんて人に言っちゃえば楽になるものばかりだからね」
金吾に笑いかけると、彼も笑って返してくれた。



前<<>>次

[22/55]

>>目次
>>夢