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天川さんを取り囲む一団を見て、三木ヱ門が顔をしかめた。
「なんなんだ、あれは」
「……そっか、三木ヱ門はまだ知らなかったんだ」
会計委員の仕事が一段落した三木ヱ門と、久しぶりに一緒に朝食を摂っていた。
彼らのことについて簡単に説明すると、いつの間にそんなことに、と驚いたのと同時に、酷く嫌悪感を感じたようだった。
「そうか、つまり今回の追加予算申請の乱立はあれのせいってことか」
「まあ、そういうことになるね」
いい迷惑だ、と迷うことなく吐き捨てる。潮江先輩に続いて、富松に連れられた神崎もあの中に入ってしまい、昨日の放課後の会計委員は一年生と三木ヱ門だけで行ったそうだ。でも三木ヱ門という上級生が一人残っている時点で、会計委員はむしろ運が良い方だと思われる。生物委員に続いて。
「おかげで今日の放課後も会計室に行かなければならん」
「大変だねー……」
「事情があるのはわかったが、だからといって予算をそんなポンポンやるわけにもいかないし」
三木ヱ門はそう言ってため息をついた。
「何か手伝えることある?」
「申し出は嬉しいが、お前に頼める話ではないな。せめて生物委員会から申請が出ないように気をつけてくれ」
面倒くさそうに言って、また天川さん達の方を睨みつけた。

その日の放課後、飼育小屋の掃除をしていると、珍しい子達がやってきた。
「森林先輩、伊賀崎先輩!」
声を聞いて小屋から出ると、庄左ヱ門と彦四郎が並んで立っていた。俺に続いて出てきた孫兵も、外で虫かごを拭いていた一年生達も、不思議そうに二人を見ていた。
「何か用か?」
「はい。お二人に頼みたいことがあって来ました」
孫兵の質問にしっかりと頷いて、庄左ヱ門は続けた。
「最近、各委員会の活動が困難な状況だということはご存知ですか」
「そりゃ知ってるよー。生物委員は大丈夫だけど、一年生だけしか残っていないところもあるみたいだね」
「それで、学級委員長委員会で話し合ったのですが」
「といっても、僕と庄左ヱ門だけですけど……」
そういえば鉢屋先輩も尾浜先輩も、天川さんの方にいたか。
「委員会に所属していない手の空いてる先輩方に、委員会を手伝ってもらえるように頼んで回ってみたんです」
「え、そんなことしてたの?」
「気づかなかった」
三治郎と虎若が、庄左ヱ門の言葉に驚いたようだった。この二人はしっかり者だから、危機感を感じてひそかに奔走していたのだろう。俺も全く知らなかった。不甲斐ないなー。
「それで、どうだった?」
「それが……」
促してみると、二人は気まずそうに眉を下げた。孫兵が当たり前のように言う。
「無理でしょう。委員会が今どこも大変なのは周知の事実だし、しかもその原因が色恋沙汰じゃあ。馬鹿馬鹿しいって一蹴されるだけですよ」
「伊賀崎先輩の言う通りです」
「人によっては、そんな生徒を連れ戻すこともできない残りの委員も悪いんじゃないか、なんて言われちゃって……」
彦四郎が言いにくそうに言った。第三者から見ればそうとられるのか。わからないでもないが、ちょっと胸にくる意見だ。
「そもそも五、六年生はほとんど全滅だし、下級生では頼りないと思って、必然的に四年生の先輩方に限られるんです」
「ああー……確かに四年生は頷いてくれそうにないね」
級友のことをそんな風に言うのもアレだが、基本的に四年生は他学年に比べて協調性が無く、他人が困っていても自業自得と考える奴が多い。
「それで、お二人に頼みに来たんです」
「できる限りでいいので、他の委員会のお手伝いをしてあげてもらえませんか?」
お願いします、と庄左ヱ門と彦四郎が頭を下げた。彼らも他の委員会なんて関係ないだろうに、どうしてこんな風に頼めるんだろうと、四年生の俺は思ってしまう。
「やめてよ、二人とも。そんな風に頭を下げる必要なんてないから」
「お前達が頼むことでもないだろう」
俺と孫兵の言葉に、二人は顔を上げる。不安そうな顔をしていた。優しい子達だと思う。
「僕は別に問題ないけど、僕はあくまで生物委員の飼ってる生物達が一番だから、そこは譲れないよ」
「はい、わかってます」
「空いた時間に見に行ってもらえるだけでも大分違いますから」
孫兵はそういうことになったそうだ。二人は安堵したように笑い、ありがとうございます、と言った。
そうなると、次はその場の目線が俺に集まる。
「森林先輩……」
「そんな不安そうな顔しないでよー。俺ももちろん協力するよ。もともとちょっと考えてたしね」
そう言うと彦四郎はぱっと顔を明るくして、生物委員の一年生達はよかったねー二人とも、と笑った。しかし、庄左ヱ門と孫兵は首を傾げた。
「もともとって?」
「うん。今日の朝三木ヱ門と話してて、なんか委員会の追加予算の申請が多すぎて、会計委員が困ってるんだって。手伝えることある?って聞いたら、とにかく生物委員から申請が出ないようにしてくれって言われたの。てことは、他の委員の手伝いをしたら、三木ヱ門の負担も減るかなって」
「相変わらず田村先輩のこと好きですね、森林先輩は」
庄左ヱ門が淡々と言った。孫兵は少し呆れたように笑った。
「あ、だから三木ヱ門には頼んでも駄目だと思うよ。自分の委員会で手一杯みたいだから」
「そうみたいですね。団蔵と左吉が嘆いていました」
庄左ヱ門が頷いた。ちゃんとそこも考慮しているとは、さすがだなー。

簡単に話し合って、比較的仕事の少ない図書、作法、火薬委員会の手伝いを孫兵と学級委員長の二人が担当し、用具、保健委員会の手伝いを俺が担当することになった。会計委員会は三木ヱ門がいるので自分達でなんとかしてもらい、学級委員長委員会は普段から大した活動はないから一旦放置、生物委員は孫兵が中心になって今まで通り活動を続けることになった。
一番問題なのは体育委員会だった。
体育委員会の仕事は、野外訓練のコースを走っての見回りが主だ。人手が足りない今、その仕事を全うするのは難しい。体育委員会に残っているのは一年生の金吾のみ。たとえ俺と孫兵が助っ人に行ったところで、七松先輩の代わりなんて、誰が務まるというのか。
「どうしましょう……」
「そうだなー」
庄左ヱ門と彦四郎が困った表情でため息をつく。孫兵は無言で考え込む。俺もうーん、と考えて。
「あれ、体育委員が活動してないなら、今見回りはどうなってるの?」
つい三日ほど前に裏裏山で演習をしたのを思い出してそう尋ねると、庄左ヱ門が目をぱちくりさせて言った。
「やってないんじゃないですか?」
「そんな無責任なことはしてないと思うんだけど」
そう言うと、そういえばそうですね、と庄左ヱ門は彦四郎と顔を見合わせた。
「先生方が代わりにやってるんじゃないですか?」
「それだ!」
実際に学園長に聞きに行くと、野外活動の見回りは授業の担当教師がそれぞれ行っているらしい。
それを今後も続けてもらえるというので、お言葉に甘えることにした。
これで、各委員会の活動再開の目処が立った。



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