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次の日の朝、三木ヱ門と食堂に行くと、天川さんが楽しそうに善法寺先輩と会話していた。
善法寺先輩は元から天川さんのことを気にかけていたし優しい質の人だから、失礼な言い方だが、最初に話すには丁度いい人だと思っていた。天川さんがそんなことを計算で考えるとは思わないから、感覚的に選んだのだろう。案外彼女はそういう人を見る目はちゃんとしているのかもしれない。女の人だからか。
のろのろ朝食を食べながら二人を見ていたからか、三木ヱ門もその二人に目をやり、少し不思議そうに言った。
「あの二人って仲良かったっけ」
「どうだろう。でも良いんじゃないかな、天川さんが嬉しそうで」
三木ヱ門が俺の言葉にじとっとした目を向けた。なんでだ。
「三木ヱ門も天川さんと仲良くしてあげてよ」
「うるさい。関係ないだろ」
三木ヱ門は不機嫌そうに吐き捨てて、黙々と朝食を食べ進める。また三木ヱ門を怒らせてしまった。これもなんとかしたいなーと思うんだけど。
「関係なくないよー。俺天川さん好きだし、三木ヱ門も」
「ごちそうさま!」
「え」
どうやら俺が天川さん達を見ている間に三木ヱ門はさっさと食事を進めていたようで、いつの間にか三木ヱ門の皿はすべて空になっていた。いつもなら俺が遅くても待っていてくれるのだけど、何故かとても機嫌の悪い三木ヱ門は、俺の言葉を遮って席を立った。
「ちょ、三木ヱ門、俺まだ食べてるんだけど……」
「先に戻る!」
本当にそのまま食器を返して食堂を出て行ってしまった。慌ててそれを追おうとした俺だったが、おばちゃんが目を光らしているのが見えてすごすごと座りなおしてしまった。
なんで三木ヱ門、最近あんなに不機嫌なのかなー。別に怖いとも面倒くさいとも思わないからいいんだけど、せめて何が気に入らないのか言ってくれないと改善も出来ない。
それから慌ただしく朝食を終えて、三木ヱ門を追って謝らないと、と思ったが、ちょうど善法寺先輩が天川さんと別れて食堂を出ていったので、少し逡巡してから彼に近づいた。
「善法寺先輩!」
「あ、森林。どうしたの?」
「すみません、天川さんとお話されていたのを見て」
「そうなんだ」
善法寺先輩は相変わらず穏やかな声色で笑う。
「今まで知らなかったけど、彼女、話してみるといい子だね」
その言葉に、ようやく天川さんの本質を理解してもらえたと嬉しくなった。
「よかったです。天川さん、善法寺先輩と仲良くしたいって言ってましたから」
「え、そうなのっ?」
善法寺先輩はそれを聞いて嬉しそうにはにかんだ。
「そうだったら嬉しいなあ。僕もこれから仲良くなりたいなって思ったもの」
「そう言ってあげたら喜びますよ、きっと」
「そっかあ」
ふわふわと笑う善法寺先輩は、本当に嬉しそうだった。それはいいんだけど。
「善法寺先輩、心なし顔赤くないですか?」
「えっ!?そ、そんなことないよ!もう、何言ってるのさー!」
え、この人まさか……。
「……まあ、別に良いんですけど。そういうのは人の自由ですもんねー」
「なに、そういうのって!ホントに違うから!」
「はいはい、わかりましたよ」
それじゃ、とその場を離れようとすると、あ、と声を上げて善法寺先輩に引き止められた。
「なんですか?告げ口なんて無粋なことはしませんから、安心してください」
「だから違うってば!そうじゃなくて……そうじゃないんだけど……」
少し気まずそうに視線を泳がせてから、善法寺先輩が俺の顔色を窺うように眉を下げて言った。
「昨日さ、夜に天川さんと会ってたんだよね……?」
「はあ、そうですけど」
「えっと……どういう理由で?」
意味がよくわからないと思ったが、善法寺先輩の不安げな顔を見てああ、と気がついた。
「別にいかがわしいことは何もありませんよ。天川さんがみんなと仲良くできていないようだからと相談に乗ってただけです」
「そ、そうなんだ」
「安心してください」
からかうように言うとまた顔を赤らめる。もう言い逃れ出来ないと思うんだけど。
「もう、なんでそんな発想に至るんですか。意味がわからないです」
そういえば竹谷先輩もそんな感じのこと言ってたらしいけど。
「だって風呂の後にさー……男女が二人で会うとか、なんか親密っぽいっていうか」
「そうですかー?……え、そうなんですか!?」
あることに思い至って思わず声を上げると、そりゃそうだよ、と返ってきた。
「森林はそういう、たまに非常識なところあるよね」
「え、全然そんな気はまったく……すみません善法寺先輩、俺ちょっと用事が出来たんで!」
慌てて走り出す俺の背に、驚いたような善法寺先輩の声が聞こえたがそんなことを気にしている場合ではない!
急いで自室に戻ってパァンッと音を立てて襖を開くと、その勢いに驚いたらしい三木ヱ門が弾かれるように振り返った。
「な、なんだ葉太郎か」
「三木ヱ門!」
ばたばたと部屋に入って詰め寄ると、引き気味になんだ、と聞き返される。
「三木ヱ門に限ってそんな勘違いはしてないと思うけど、まさかとは思うけど一応言っとく」
「お、おう……」
「昨日は天川さんの相談に乗ってただけで、別にやましいことは何もないし、むしろ天川さんとの友情が更に深まった感じ!」
「はあ?」
意味わからんとばかりに眉をひそめている三木ヱ門に、やっぱり変な勘違いはしていないようだと安心する。
「いや、善法寺先輩がなんか俺と天川さんが親密っぽいとか言うからびっくりして」
「だからってなんで私にそんな勢いづいて言うんだ」
「そりゃだって、三木ヱ門に誤解されるのは困るし」
「困るって……」
少し惚けたように瞬きして、はあ、と深くため息をつくと、俺の頭を掴んでぐいっと押し出した。
「いたたた」
「近い!授業の準備をしろ!」
お前の好きな手裏剣術だろ!と言って三木ヱ門は立ち上がって自身の籠に近づいた。
「手裏剣術かー。あれは絶対三木ヱ門に勝てる授業なんだよね。楽しみ」
「ほざけ。今日は負けん」
火器が得意武器の三木ヱ門に、手裏剣が得意武器の俺が負けるのは困る。手裏剣まで負けたら流石に俺の自尊心が傷つく。
そりゃ、男ですから好きな子にはかっこいいところも見せたいじゃないか。
「……というかなあ」
「なに、三木ヱ門?」
手裏剣術と聞いて喜々として準備を始める現金な俺に、三木ヱ門はなんとも言えないような声でため息混じりに言った。
「お前、誤解されたくないなら変な言い方をするな」
「え、じゃあ三木ヱ門も誤解してたのっ?」
「……まあ、多少」
うっわ。訂正しておいてよかった。
「普段からそういうところがあるんだよ、お前は」
「えー。そんなことないでしょー」
「ある。私が言うんだから間違いない」
呆れたように言って、早く準備しろ、と急かす三木ヱ門。
まったく気づかないうちにそんな風に誤解を受けるとは。やっぱり人間関係って面倒くさいなと思う。そんな変な言い方した覚えないんだけどなー。


夕飯の時も天川さんは楽しそうにしていた。
七松先輩と滝夜叉丸と三人で楽しそうにお喋りしていて、その隣では次屋、四郎兵衛、金吾の下級生達が机にだらーっと突っ伏していた。いけどんマラソンでこんな時間まで延々走らされていたのだろうか。大変だなあ。
ふと天川さんと目が合った。彼女は少し目を見開いてから、にっこりと笑った。とても幸せそうな笑顔だ。よかったなあと素直に思う。
七松先輩と滝夜叉丸が俺の方を見てむっとしたような顔をしたのには気付いたが、特に気にせず放っておくと、すぐに天川さんとの会話を再開していた。



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